18
スザクとともに顔を出したのはカレンだけではなかった。
「藤堂?」
日本軍の名将の一人が何故、と思いながらルルーシュは問いかける。彼が福岡に派遣されていてもおかしくはない、と考えていたのだ。
「状況説明と今後の相談に」
いつもの口調で彼はこう言い返してくる。
「そうか。わざわざすまない」
通信でもよかっただろうに、と言外に告げた。
もちろん、盗聴されているという可能性は否定しない。だが、それを逆手に取ると言うことも可能だったのではないか。
もちろん、それは危険も伴う。
だから、彼は安全を優先したのだろう。そう判断する。
「ともかく落ち着けるところに移動するか」
言葉とともにジェレミアへと視線を向けた。
「会議室をお使いください」
即座に彼はこう告げる。
「わかった。準備を頼む」
こう告げれば、ジェレミアは軽く頭を下げると歩き出す。
「……ルルーシュ殿下」
「万が一のことを考えてだ」
不本意だが、と言外に告げる。それだけで藤堂にも伝わったようだ。
「味方も疑わなければいけないというのは、いやなんだがな」
藤堂達にだけ聞こえるようにルルーシュはそう呟く。
「それもあちらの狙いなのかもしれません」
彼はそう言い返してきた。
「可能性はあるな」
どこに内通者がいるかわからない状況であれば、皆が疑心暗鬼になるだろう。そこから内部崩壊する可能性だってある。
もちろん、それこそがあちらの狙いなのだろう。
「ルルーシュ様。お待たせしました」
ジェレミアが入り口のところから声をかけてくる。
「早いな」
満足そうに頷けば、彼は一瞬、嬉しそうな表情を作った。だが、それはすぐにいつもの表情へと戻る。
「こちらです。皆様もどうぞ」
そのまま先に立って歩き出す。
「……藤堂達にも情報を渡せるように準備を」
ふっと思いついてこう告げる。
「その方が話が早い」
共通認識を持っていなければ、どこかで齟齬が生じるかもしれない。それは自分が経験したことだ。
「かしこまりました」
何か言いたいことがあるのだろうか。ジェレミアの視線からルルーシュはそう判断する。
「藤堂は軍人だが、同時に桐原の関係者だ。そう警戒するな」
とりあえず、とそう告げた。
「スザクの師匠でもある。話を通しておいた方が無理が利きそうだからな」
タイムリミット以降の、と続ければジェレミアはとりあえず納得したらしい。
「それはそれで怖いことになりそうですが」
逆に藤堂は深いため息をついた。
「俺は何もしないぞ、とりあえず」
「殿下に関しては心配していません。問題なのは馬鹿弟子二人です」
いつ暴走するか。それが怖い。きっと神楽耶もそれを心配したのだろう。桐原経由で自分を呼び出したのだ。
周囲に他のものの気配はなくなったからか。オブラートに包むことなく藤堂はそう言った。
「だ、そうだ」
「……なるほど。貴殿も苦労しておいでだ」
二人のとんでもぶりを目の当たりにしたからか。ジェレミアは本気で藤堂をいたわっている。
「あぁ、この部屋です」
言葉とともにジェレミアは会議室のドアを開けた。
「準備、できてます」
中でロロが微笑んでいる。つまり、ここには危険はもちろん、盗聴器などもないと言うことだろう。
「お茶を頼む」
そう口にしながらルルーシュは室内に足を踏み入れた。他の者達も同様に入ってくる。全員が入ったところでジェレミアがドアを閉めた。
「適当に座ってくれ」
そう言うと、ルルーシュはおそらく自分用に用意されたと思われる椅子へと腰を下ろす。
「兄さん。資料も用意できているよ」
言葉とともにロロが紙の束を差し出して来る。
「先ほど、ジェレミアに頼んだばかりだったのだが」
「兄さんならそう言うんじゃないかなって」
ずっと一緒にいたから、考えていることがわかるようになってきたのだ。ロロはそう言うとさらに笑みを深める。
「いい子だな、ロロ。その調子でがんばれ」
こう言えば、彼は嬉しそうに頷いて見せた。
それでも、念のためにと中を確認する。とりあえず、現状では十分だろう。そう判断をして、ジェレミアへと一部手渡した。
「よくできています」
ジェレミアが太鼓判を押したところで、他の者達へも資料を手渡していく。
「ルルーシュ」
「何だ、スザク」
「何で僕の分はないのかなぁ?」
ただ一人、差し出した手の上に何も置かれなかったことを不審に思ったのだろう。彼がそう問いかけてくる。
「お前が読んで理解できると思えないからだ」
即座にこう言い返す。
「ひどい!」
僕だって、とスザクは追いすがってくる。
「ブリタニア語だぞ、それは」
だが、この一言がとどめになったらしい。そのまま凍り付いている。
「だから、もう少しまじめに勉強しろって言ったでしょう?」
さりげない援護射撃ありがとう、カレン。
「お前は脳みそまで筋肉なんだ。最低限、俺の指示を理解できれば、今はいい」
フォローにならないセリフを口にする。
「とりあえず、スザクは放っておいて、だ」
これ以上は、時間的に余裕があるときに、だな。そう判断をして藤堂へと視線を向けた。
「日本政府はとりあえずどのような行動を取ると思う?」
説得か。それとも捕縛か。
「それとも、取らないか?」
このまま放置しておいて、
「秘密裏に部隊が編成されています」
それに対し、藤堂はこう言葉を返してきた。
「……そうか」
問題はその者達の意識レベルなのだが、とルルーシュは心の中で呟いた。
「さすがに、他国の領事館を占拠されているという状況は日本にとっても恥ですからね。それなりの行動は取ってくれるでしょう」
だが、彼らにもブリタニアに対する反発はあるはずだ。それをどこまで抑えきれるか。
「……通常であれば、それで十分と思われますが……」
ジェレミアが静かに口を挟んでくる。
「問題は、相手がナイトメアフレームを隠し持っていた場合です」
「あるのか?」
可能性としては否定できない。だが、本国のそれは確実に管理されているはずだ。他国で、あれを開発されたという報告も聞いていない。
「戦場でうち捨てられた機体がいくつか、行方不明になっているらしい、と以前聞いたことがあります」
もちろん、その場に残されているものは修理はおろか、部品取りにも使えないものばかりだ。だが、一つ二つではわからないことも、十、二十――あるいは百を超えればわかってくるものだ。
何よりも、軍部にすら食い込んでいた連中のことだ。厳重に管理されていた設計図を持ち出すことも可能だったのではないか。
「そうなれば、日本軍では対処が難しいでしょう」
かといって、駐屯地からナイトメアフレームを動かせばあちらに悟られる可能性もある。
「ジェレミア。ロイドにいつでもトレーラーを使えるように準備させておけ」
ならば、目立たないように行動するだけだ。
「スザク、カレン……」
「わかっているよ」
「付き合うわよ、当然。このまま、勝手なことをされてたまるものですか」
蹴散らしてやるから、と言うカレンにスザクも頷いている。
「……雄々しいな、二人とも……」
コーネリアを見ているようだ、とルルーシュは苦笑を浮かべた。
同時に、あちらでは見られなかった光景に、少しだけ胸の奥がざわめく。だからこそ、この光景を守りたい。そうも考えていた。