20
「ヴァインベルグ卿、敵と接触しました」
セシルの声が耳に届く。おそらく、このまま戦闘状態に入るだろう。
ジノの実力ならば、当面は心配いらない。
ただ、とルルーシュはかすかに眉根を寄せる。問題があるとすれば、エナジー・フィラーが切れることだ。
その前に味方と接触できればいい。あるいは、撤退するかだ。
しかし、ジノは後者は選ばないだろう。
「……ジェレミアは?」
「一個小隊を引き連れて目標のそばで待機しています」
必要があればすぐに突入できる。セシルがそう報告をしてきた。
「そうか」
後はタイミングだけだな、とルルーシュはモニターをにらむ。
「その場で指揮を執れないのはきついな」
もう少し状況がわかれば何とかなるものを、と思わずにいられない。だが、それは望みすぎだと言うこともわかっていた。
そう考えれば、ガウェインや蜃気楼があったと言うことは、本当に僥倖だったのかもしれない。
「もう少しで僕のガウェインが完成しますからぁ」
ロイドが言葉とともに背中に張り付いてくる。
「必要なのは今なんだがな」
ため息とともにルルーシュはそう呟く。
「まぁ、そう言っても無理か」
この状況では、と苦笑を浮かべる。
「トリスタンの様子は?」
仕方がない、と付け加えながら問いかけた。
「囲まれていますが、あのくらいであれば問題ないかと」
まだ、とセシルは言い返す。
「ここが気づかれた様子は?」
「ないですね」
そうか、とルルーシュは呟く。
「敵の配置はどうなっている?」
過半数以上がジノの方へ向かっているなら奇襲が成功するのではないか。
ナイトメアフレームさえつぶせば後始末は日本軍に任せてもかまわないだろう。
そうすれば、日本政府のメンツも保たれるというものだ。
自分で指示を出し、ブリタニア軍に殲滅させた方が楽なのは事実だが、二国間の関係を考えれば仕方がない。
「ほぼ、トリスタンに向かっているかと……ただ、伏兵がいる可能性は否定できません」
「だろうな」
だが、そこまで考慮できるほどジェレミア達に戦力は与えていない。
「そのときはロロに対応させる。ジェレミア達に突入するように伝えろ」
自分の判断が正しいのか。不安はいつでもある。だからと言って兵を動かすタイミングを間違えばジノを失う結果になる。
それだけは避けなければいけない。
何よりも、友人を失うのはいやだ。
この後、あちらがどのような動きをしたとしても対応できるように対策は考えてある。
だから、と指示を出した。
「了解しました」
セシルがすぐに言葉を返してくる。
「ロロ」
『いつでも出られるよ、兄さん』
呼びかければ、すぐに返事が戻ってきた。
「今はまだいい。それよりも、そちらのセンサーに何か引っかかっていないか?」
トレーラーの死角になるような場所に敵がいる可能性もあるから、と続ける。
『僕の方には何も……』
『こっちも何も映ってないわね』
話を聞いていたのだろう。カレンもこう言ってきた。
『なんか、あるね』
だが、スザクはこう言ってくる。
「スザク?」
何を見つけた、とルルーシュは問いかけた。
「たぶん、敵。索敵だと思うけど」
生身で来ていたから、とスザクは続ける。
「と言うことは気づかれたか?」
と言うことは、やはり伏兵がいると言うことか。そう呟くとルルーシュは眉根を寄せた。
「ジェレミア卿には……」
「いや、あいつには何も伝えるな。おそらく、伏兵はそう多くはない。ロロでも十分対処できるだろう」
それに、とルルーシュは続ける。
「ジェレミア達が一息にあちらを片付けてくれれば、それでいい」
それまで持ちこたえることができれば、こちらの勝ちだ。
「俺だって、まぁ、一般兵程度にはナイトメアフレームを使えるしな」
最悪、時間稼ぎはできるだろう。そう言ってルルーシュは笑った。
『兄さん……そんなこと、考えないでください』
すぐにロロがそう言ってくる。
『兄さんは、僕が守ります』
『そうだよ、ルルーシュ。僕たちのことも信用してよ』
彼だけではなくスザクも言葉を口にした。
『そうね。少なくとも、あんたよりは時間稼ぎができると思うわ』
さらにカレンまでもが同意をする。
「ルルーシュ様が心配しているのは、そういうことじゃないわよ、カレン」
ラクシャータが面倒くさそうに言葉を綴った。
「あんた達の覚悟でしょう。人を殺せるかどうか、と言うね」
実力ではなく、と言う彼女にルルーシュは苦笑を禁じ得ない。
「殺さずに済ませるには、実力だけではなく実戦経験も必要だからな」
マリアンのような規格外の人間ならばともかく、と続ける。もっとも、スザクならば可能かもしれない。だが、彼もこれが初陣なのだ。過大評価は避けて置いた方がいいだろう、とルルーシュは判断する。
初陣の兵士は、そのときは戦場の高揚感でそれなりの動きをすることが多い。だが、その後の反動もまた大きいのだ。
暗殺者であったロロは、他人を殺すことにためらいがない。それどころか、自分を守るためならば目の前の存在を全て消しても『当然だ』と言い切るだろう。
もちろん、それは彼に限ったことではないが。
同じことをジェレミア達も言うに決まっている。
彼らにとって、それが正義だからだ。
だが、スザク達は違う。
「第一、お前たちにそんなことをさせたら、後で俺が非難されるだろう?」
日本政府に、と続ける。
『大丈夫だと思うけど? 少なくとも、父さんには一筆書かせた……神楽耶が』
何があってもルルーシュに責任を押しつけない、と。そうスザクは言う。
『それに、これは僕たちにとっても必要なことだよ』
違う? と彼は聞いてくる。
「そうかもしれないが……」
『大丈夫。ちゃんと覚悟を決めてきたし……藤堂さんにあれこれとたたき込まれてきたから』
戦場の心構えも、とスザクは続けた。
『だから、信用して?』
彼の言葉に頷くべきか、それとも、と悩む。
頷くのは簡単だ。しかし、その後のことを今の自分が背負えるか。そう自問しても答えが出ない。これがあちらの《スザク》であれば考えなくても答えは出るのだが。
「……お前たちが動くのは、一番最後だ。それだけは譲れない」
いいな、と念を押す。
『そんなぁ!』
スザクが叫ぶようにそう言った。
『兄さん! 敵のナイトメアフレームです!!』
だが、それを遮るかのようにロロが叫ぶ。
「ロロ! 相手をしてやれ」
『はい』
ロロの言葉を聞きながら、ルルーシュはモニターをにらみつけた。