21
モニターに映し出された機体は、ある意味予想していたものだ。しかし、セシル達にはそうではなかったらしい。
「……サザーランド?」
「軍に内通者がいると言うこと?」
そう言いたくなる気持ちはわかる。グラスゴーであれば、デチューンをして民間に下げ渡されている。だが、サザーランドはまだ、軍の主力なのだ。
「後で調べるしかないだろうな」
シュナイゼルかコーネリアに言えば徹底的に調べ上げてくれるだろう。
「今はこの場を切り抜けることの方が優先だ」
ルルーシュは顔をしかめるとそう呟く。
「実力はロロに劣るか」
それは当然だろう。
彼に基本を教えたのはマリアンヌで、模擬戦の相手をしていたのはラウンズをはじめとするブリタニアでもトップクラスの騎士達だ。
一対一ならば、どのような相手にもそう簡単に負けることはない。
しかし、だ。
これだけの数の差があればどうだろうか。
「……ギアスは使うな、と命じているからな」
あれは彼の心臓に負担をかける。このような戦闘の最中であればなおさらだ。
だが、とため息をつく。
自分の命と引き替えならば、彼はためらうことなくギアスを使うだろう。
そうさせないためにも、早々に蜃気楼を作らせておくべきだっただろうか。
そんなことを考えていたときだ。
『ルルーシュ! 僕たちも行くからね』
スザクの声が耳に届く。
「だめだ」
即座にルルーシュは言い返す。
「お前たちはあくまでも護衛だ。トレーラーから離れるな」
『でも!』
「ロロなら心配いらない」
実戦経験があるから、と続ける。だが、スザク達にはない。
それでも、状況によっては戦ってもらわなければいけない。
「俺の指示に従う約束だろう?」
どうして自分にはナイトメアフレームの才能がないのだろうか。母のレベルとは言わない。せめてカリーヌと同レベルであれば誰も心配しないだろうに。
やり直しても変わらない自分の身体能力にあきれたくなる。
『わかっているよ』
スザクはそう言い返してきた。しかし、これで引き下がったわけではない。
『でも、君と僕がそろっていてできないことなんてないだろう?』
大丈夫、と彼は言葉を重ねる。その言葉を、以前、効いたような気がするのは錯覚だろうか。
『それに、僕はここに戦うために来たんだよ。君を守れなくて、どうやって日本を守るの?』
「……スザク」
『大丈夫。僕を信じて』
そう言われても、とルルーシュは唇をかむ。自分が折れていい場面ではない。だが、スザクも決して持論を曲げないだろう。
どうするか。
そう心の中で呟いた時だ。
『そのバカの好きにさせてやって。神楽耶様からさんざん言われても妥協しない程度には覚悟を決めてきているようだから』
不意にカレンが口を挟んでくる。
『あたしがここに残るわ。大丈夫。敵が来たらちゃんと守ってみせる』
だから、行かせてやって。彼女はそう続けた。
『自分の手を汚してでも守りたいって、その覚悟ができたようだから』
この言葉に、ルルーシュはかみしめていた唇をほどく。代わりに深いため息をついた。
「俺は、お前たちには最後まで手出しして欲しくなかったんだがな。ここまで連れてきて何を言っているのかと言われるかもしれないが」
ただ、そばにいて欲しかった。
そうすれば、自分が心強いと思えるから。今考えると、とんでもなく自分勝手な理由だ。最悪、彼らに嫌われるかもしれない。それでも、彼らが敵になってしまったあの日々よりはマシだと思う。
『確かにさ。最初はちょっとためらいもあったけど……でも、ルルーシュを失うくらいなら何でもできるって、そう思う』
だから、行かせて欲しい。彼はそう続けた。
『そうしてくれないなら、ここでルルーシュの恥ずかしい過去を大声で叫ぶよ?』
「はぁ?」
それは脅し文句なのか? とルルーシュは本気で考えたくなる。
「何それ? ぜひとも教えてよ、スザク君!」
だから、どうしてここで反応をするのか。そう言いたくなるようなロイドの言動にルルーシュは頭痛を覚える。
「スザク……無理はするな」
こうなれば仕方がない。彼の希望を叶えてやるしかないのだろう。ルルーシュはそう判断した。
『いいの?』
「このままロイドに好きかってさせていては助かるものも助からないからな」
余計な事まで根掘り葉掘り聞かれるぞ、と付け加える。
『さすがにそれはパスしたいな』
スザクも経験があるのか。即座にこう言い返してくる。
『……でも、何か嬉しくない』
こんなことで許可をもらえても、と彼は続けた。
「ならば、やめるか?」
『まさか』
即答か、とため息をつきたくなる。
『というわけで、行ってくるね』
言葉とともにスザクはランスロットを移動させ始めた。
「スザクくぅん! データー、よろしくぅ」
そんな彼に向かって、ロイドはもう定番と言えるセリフを口にしてくれる。この男もどのような世界であろうと変わらない、とルルーシュは心の中で呟く。
「無理はするな」
蛇足かもしれない。そう思いながらもこう告げる。
『心配しないで。勝利を君に』
懐かしい言葉だ。
共犯になった後のスザクはよくそう言ってくれた。
まさか、ここでも同じセリフを聞くとは思わなかった。だが、これは出陣の時の慣用句のようなものだから、深い意味はないはず。
「あぁ。期待している」
それでも、懐かしい日が戻って来たような気がする。それは同時に寂しくも感じられた。
しかし、それを態度に出すわけにはいかない。
「セシル。ジェレミア達の方はどうなっている?」
自分は指揮官だから、と意識を切り替えるとそう問いかける。
「現在、基地本部を奪還中です」
ならば、後は時間勝負だな。ルルーシュはそう呟く。
「後は、こちらがどれだけ持ちこたえられるか、だな」
スザクがどこまで他人の命を奪うことに耐えられるだろうか。
もう一人の《スザク》とは違う。
平和な世界で、きれいな手をしたまま生きていくことだって可能だっただろうに、とかすかに眉根を寄せる。
「……連れてくるべきではなかったのだろうな」
今更行っても仕方がないかもしれないが、と口の中だけでそう呟く。無意識に彼に甘えていたのだろうか、自分は。
あるいは、彼ならば自分を守れると信じていたのか。
だが、それはこちらの《スザク》ではない。あちらに残してきた彼だ。
それとも、自分は彼に《彼》を重ねていたのか。そんなことはない、と思いたいのに。
「C.C.はいないし。役に立たない魔女だな、あいつも」
そんな気持ちをごまかそうとこう呟く。
「全く……あいつを矢面に放り出そうと思っていたのに」
本当に必要な時に役に立たない奴だ。今度食事をたかりに来ても無視してやろう。
気持ちを落ち着かせるために、ルルーシュはそんなことを考えていた。