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「あれって、本当にスザク君?」
セシルがそう呟いたのも仕方がない。目の前のランスロットの動きは、どう見ても付け焼き刃で訓練をした人間のものではなかった。熟練の騎士のそれだ。
「さすがは僕のランスロット!」
その事実に違和感を抱いていないのは、自分の脇で小躍りしているどこかの
『っちょっと! あいつ、いつの間に!!』
カレンが驚きを隠せない声でそう言った。
「さすがはスザクくぅん! 僕が認めただけのことはある」
自分の隣で小躍りしているロイドが鬱陶しい。反射的にルルーシュは手近にあったファイルで彼の頭を殴りつけた。
「黙っていろ!」
今は彼のテンションに付き合っている余裕はない。そう続けると、無意識に彼の背中を踏みつけていた。
「……ルルーシュさまぁ!」
それが気に入らないのか。ロイドがばたばたと暴れている。しかし、ルルーシュはあえてそれを無視した。
「ヴァインベルグ卿から連絡です。あちらは制圧し終わったので、救援に来るとのことです」
ジノから連絡が入ったのだろう。セシルが表情を引き締めるとこう報告をしてくる。
「その前にエナジー・フィラーの交換をしろと伝えろ。こちらはまだしばらく持ちそうだ」
いや、このままであれば救援はいらないかもしれない。
しかし、とルルーシュは心の中だけで呟く。あのスザクの動きは何なのか。
いや、自分はあの動きを知っている。
過去に何度も見てきた。
だが、ここで見るはずがない動きだ。
「……ジェレミア達は?」
可能性はいくつか考えられる。しかし、とルルーシュは拳を握りしめた。今はそれを確認している場合ではない。
「司令部の奪還完了。現在、駐屯部隊の再編中です」
それが終われば、彼らもこちらに合流してくるだろう。
「ロロ、スザク。聞こえたな? もうしばらくがんばってくれ」
『はい、兄さん』
『その前に敵がいなくなりそうな気がするけど』
ロロの返事はいい。問題はスザクのセリフだ。
「スザク、気を緩めるな」
気の緩みがとんでもない結果を引き起こすかもしれない。言外にそう告げる。
『ごめん。でも、後三機だから』
これを抜かして、と彼が口にしている間にもランスロットはサザーランドを撃破していた。スザクがコクピットを避けたからか。パイロットは脱出したようだが。
「カレン。脱出したパイロットがこちらに来るかもしれない。見かけたら、適当に脅してやれ」
『わかったわ。追い返せばいいのね』
「でなければ、足止めだ。増援が来たら捕獲させる」
下手に逃がすよりも殺した方がいいとはわかっている。だが、カレンにそこまで求めるのは無理だろう。それがわかっているから、曖昧な指示にだけとどめた。
『そのくらいは任せておいて』
スザクにだけ活躍させるのはおもしろくない。彼女はそう言った。
「がんばってくれ」
とりあえず、とルルーシュは口の中だけで呟く。
「ルルーシュさまぁ! そろそろ、足、どけてくれませんかぁ?」
周囲の空気を顧みずロイドが言葉を口にする。しかし、ルルーシュは彼を踏みつける足に力を込めただけだった。
「敵の増援が来るかもしれないな」
この状況では、と代わりに呟く。
「何故ですか?」
セシルがすぐに問いかけてくる。
「ロロとスザクががんばっている。あの二人はジェレミアが連れて行った騎士よりも腕が立つだろう。だから、だ」
そんな者達が守っている存在がブリタニアにとって重要でないはずがない。
「俺の身柄を確保できれば形勢が逆転できると判断するのは当然だろう」
脱出したパイロットが連絡手段を持っているはずだ。そう続ける。
「セシル。敵の動きを改めて確認しろとジェレミアに伝えろ。ジノは上空から確認だ。こちらに合流するまででいい」
妙な動きがあればすぐに報告をしろ。そう続ける。
「わかりました」
セシルはそう言うと同時に行動を開始した。
「ロロ、スザク。エナジー・フィラー切れには注意しろ」
『了解』
『わかっています、兄さん』
本当にどこまでわかっているのか。一瞬そう考えるが、二人に任せることにする。
『って、もう、敵、いないわよ』
カレンがそう指摘してきた。
『スザクが全部片付けちゃった』
いつの間に、とルルーシュはあきれる。
「そうか」
しかし、それならばそれでいい。
「ならば、エナジー・フィラーの交換を。ロロから先に、だな」
言葉とともに踏みつけていたロイドを解放する。
「すぐにやれるな?」
よたよたと起き上がる相手を見下ろしながら問いかけた。
「もちろんですぅ」
ついでに、戦闘データーを……と口にしながら歩いて行く彼の後ろ姿に向かって、ルルーシュはため息をつく。
「すみません。いくらやっても矯正できなくて」
セシルがそう言って頭を下げてくる。
「気にするな。お前とラクシャータ二人がかりでもだめならば、他の誰にもできない」
だから、あれについては気にするな。そう続ける。
「はい。ありがとうございます、ルルーシュさま」
ほっとしたような表情でセシルは言葉を返してきた。
「周囲の警戒は怠るな」
ルルーシュは改めてそう告げる。
「確かにそうだな」
いきなりC.C.の声がトレーラー内に響いた。
「……何故、お前がここにいる?」
「お前たちの手伝いに来てやったに決まっているだろう?」
ルルーシュの問いかけに、彼女は鼻で笑うように言い返して来た。
「マリアンヌが押しかけて来るよりマシだろう?」
さらに彼女はとんでもないセリフを口にしてくれる。
「それだけは避けたいな」
彼女が来れば、自分の正体がばれてしまう。それは後々まずい状況を引き起こしかねない。
「だろう? だから、私が来ることで妥協させた」
戻った後の食事を楽しみにしている。彼女はそう続けた。
「……どれだけ食べる気なんだか」
スザクもきっと同じことを言うだろう。ひょっとしたならばカレンもついてくるかもしれない。その時には五人前で足りるはずはないな、と心の中で呟いた。
「安心しろ。お前の財布の中身を空にする気はない」
シャルルに請求してやる、とC.C.はルルーシュの心の中を読んだかのようなセリフを口にした。
「つまり、それだけ作らせるつもりなんだな?」
それであれば、まだここを襲われた方がマシだったかもしれない。ルルーシュはそう考えるとため息を漏らした。
「まぁ、いい。今はこの状況を片付けるだけだ」
頭を切り換えるようにこう口にする。
「カレン」
『ごめん、気づかなかったわ』
ルルーシュの呼びかけをどう判断したのか。彼女はすぐに謝罪の言葉を告げてきた。
「それはいい。生身の兵士はこの魔女が相手をする。お前は敵のナイトメアフレームにだけ気を付けてくれ」
気づかなかったとしてもそれは仕方がない。隠れている生身の人間をとらえることは現在の技術では難しいのだ。
『わかったわ』
カレンは苦笑混じりに言葉を返してくる。
「これで終わりとは考えないのか?」
C.C.がこう問いかけてきた。
「五分五分だな。俺ならば、まだ隠し球を用意しておく」
万が一のために、と続ける。
「なるほどな」
「母さんやシュナイゼル兄上、それにコゥ姉上なら同じ判断をすると思うぞ」
そのくらいは当然のことだ。ルルーシュはそう考える。
「ならば、V.V.の行動も無駄にはならないな」
「はぁ?」
「あいつは今、海上で嚮団の信者達に発破をかけているぞ」
楽しげにC.C.はそう言う。
「連中には帰る場所がなくなりそうだ」
そうなる前に徹底的に叩きつぶしてやるのが慈悲か。そう続ける彼女につける薬はないだろう。そう判断してため息をつくルルーシュだった。