僕の知らない 昨日・今日・明日 幕間2

01


 アラームの音に目を覚ます。
 また、一日が始まる。
 その事実が、こんなに重く感じられるようになったのは、いつからだろうか。
 だからといって、眠っているわけにはいかない。深く息を吐き出すと、強引に体を起こす。
 ベッドから足を下ろすと、床の冷たさが伝わってくる。それが意識をはっきりと覚醒させた。
「……今日は、日本か」
 また彼のくだらない話につきあわされるのか、と小さなため息をつく。
 もっと早く、彼は首相の座を降ろされると思っていた。はっきり言って、無能とは言わないが政治家としては死んだ父の足下にも及ばない。それなのに、ただひとつの理由から、未だに支持を得ている。
 それが気に入らない、と心の中だけで呟いた。
「君が死ぬ原因を作った相手なのに」
 今の人気を支えている理由も、元はと言えば彼が作ったものではないか。
 それなのに、シュナイゼルのただ一言で彼を切り捨て、すべてを自分の手柄にしてしまった。そんな人間を好きになれるはずがない。
「おかしいな……《俺》はとっくに捨てたはずなのに」
 最近、よく、昔のことを思い出す。その多くが《彼》と過ごした時間だ。
 あの頃の自分が一番『生きて』いた時間だから、だろうか。
「それも《私》に与えられた罰かな」
 苦笑とともに仮面へと手を伸ばす。
「さて、仕事の時間だ」
 早く《ゼロ》の存在が必要なくなる時代が来ればいい。そう呟きながら、彼は歩き始めた。

 今日もまた、そんな日常が続くはずだった。

 自分が暮らすエリアには、決して他人は入らない。それはどこに行っても必ず守られることだ。
 もちろん、ホテルなどでは清掃のものが入ることはあるし、食事は運んで来てもらわなければいけない。しかし、それはすべて、自分が部屋に戻る前に行われる。いや、それだけではない。盗聴器や盗撮カメラの有無も徹底的に調べ上げられる。
 理由は簡単。ゼロの正体は、今でも明かされてはいけない事実だから、だ。それが知られれば、また、世界は混乱に巻き込まれるかもしれない。そのために、どこでもセキュリティは徹底されるのが慣例となっている。
 だから、室内から人の気配がするなどあるはずがないのだ。
 もっとも、何かの事情があってホテルの従業員が室内にいるという可能性は否定できない。だが、そのときには、事前に知らされる。しかし、今日は何も言われていない。つまり、これはイレギュラーな事態なのだと言うことだろう。
 無意識に腰にはいた剣の柄に手をかける。そのまま、室内へと足を踏み入れた。
「誰だ」
 そのまま低い声で誰何する。
 その瞬間だ。
 いきなり室内の明かりがついた。
 人影を二つ、確認できる。
 その二人の特徴に見覚えがありすぎるくらいにあった。
 一人は、緑色の髪の女性。
 もう一人は、顔の半分を金属製の仮面で覆った長身の男性。
 彼らが何者であるか。今更確認する気にもなれない。それでも、だ。
「……何故、君たちが」
 警戒を解かないまま、こう問いかける。
「ゼロに頼みがあるだけだ」
 何年経っても変わらない、不遜な態度で言葉が返された。
「何故、私に?」
 ため息とともに問いかける。
「下手に放置しておけば、また、シャルルのような馬鹿が出てくるかもしれない」
 だから、何とかしたい。しかし、それにはこの二人では心許ないのだ。そう続けられた。
「私は、か弱い女だからな」
「誰が?」
 反射的にそう言い返してしまう。
「私が、だ」
 むっとした表情で彼女は自分を指さす。
「君には一番縁遠いセリフだよね、C.C.」
 か弱いというセリフはルルーシュにこそふさわしかった。心の中でそう付け加える。
「相変わらずだな、お前も」
 その瞬間、彼女は小さなため息をつく。
「今、あいつと私を比べたな?」
 まるで彼の内心を読んだかのようにこう問いかけてくる。
「いいか! あの童貞坊やと私を比べるな。あれは母親に似なかったへたれだからな」
 あれと同レベルにしていいのは、ようやく歩き始めた幼子ぐらいだ。C.C.はきっぱりと断言をした。
「いくら何でも、それはないだろう。あの方は……あの方は、ご立派に、ご自分の義務を果たされた」
 それで十分ではないか。ジェレミアがため息とともに指摘をする。
「そうだね。確かに、彼はやるべきことを果たした」
 未練も何も残さずに、と言い返す。
 それはきっと、彼が《悪逆皇帝》と呼ばれたあの日から、全力で駆け抜けたからだろう。誰の力も必要とせずに、だ。
 それも、あの一月の間に何度も話し合ったことではある。
 ただ、少しだけも、未練や弱みを見せて欲しかった。今になって、そう思う。
「だが、また彼と同じような存在が出るかもしれないというなら、その芽はつぶさないと」
 二度と、世界を戦いで包んではいけないのだ。
 彼が流した血を最後にしなければ、何のために自分達は《自分》を捨てたというのだろう。
「そうなるとは限らないが……まぁ、危険はあるな」
 下手な人間が手を出せば、とC.C.も言い切る。
「コードは、私が持っているもので最後だと思うが……まだある可能性も否定できない。ギアスを持っているものも、な」
 それで、ジェレミアがここにいる理由がわかった。同時に、彼女が自分を誘いに来た理由も、だ。
「しかし、すぐには動けない」
 ゼロとしての仕事が入っている。それに穴を開けるわけにはいかない。
「調整はするが、しばらくかかるぞ」
 早くて一週間後だろうか。そう続ける。
「仕方がないな、それは」
 C.C.はそう言ってうなずく。
「まぁ、オレンジと調べられるだけのことは調べておくさ」
「私をそう呼んでいいのはあの方だけだ」
 ジェレミアが控えめにそう告げる。
「はいはい。相変わらず、お前は堅物だ」
 それをC.C.は軽く受け流す。
「それよりも、お前の携帯の番号をそいつに教えておけ」
 持っているんだろう? と付け加えられて、ゼロは携帯を取り出そうとした。だが、すぐに思い直して私物を入れてある鞄へと歩み寄る。
「さすがに、公的なものではまずいからな」
 誰に調べられるかわからない。言外にそう告げる。
「そちらは大丈夫なのか?」
 ジェレミアが自分の携帯を取り出しながらこう問いかけてきた。
「あぁ。ロイドさん特製だから」
 無理にロックを外そうとすれば、データーが消去されることになっている。だから、安心して彼の写真を保存しているのだが。
「そうか」
 何かを察したのだろう、彼は静かにうなずいてみせる。
「準備はいいか?」
 それでも、C.C.と違って余計な事を言わないだけありがたい。
「大丈夫だ」
 言葉とともに携帯をジェレミアの方に差し出す。それを確認して、彼はすぐに自分の携帯を操作する。
 即座に、彼のナンバーとメールアドレスが転送されてきた。
「こちらからは、かければいいか」
 すぐにアドレス帳に登録をすると、相手へコールをする。
「あぁ、来たようだ」
 コール音を確認して、ジェレミアはうなずく。
「では、今日のところはこの辺で。暇ができたら、忘れずに連絡をよこせ」
 一通りの作業が終わったところでC.C.がそう言う。
「では、また」
 さらにジェレミアもうなずいて見せた。
 見つからずにいけるのか。そう問いかけたい気持ちもある。だが、彼らであれば大丈夫だろう、とすぐに考え直す。
「あぁ」
 彼がうなずいたのを確認して、二人は部屋から出て行った。
「しかし、何が起きようとしているのか」
 小さな声でそう呟く。同時に、仮面を外した。
「それにしても、これは《ゼロ》として対処するべきことなのか。それとも……」
 枢木スザクとして彼らにどう抗すべきなのか。どちらなのだろう。
 そんなことをついつい考えてしまった。



12.06.23