02
スザクに時間ができたのは、結局十日後だった。
その事実に、C.C.は不満を隠さない。
「全く……約束を破る男は最低だぞ。罰として、ピザ、十枚だ」
そのセリフはあの頃と変わっていない。
「そう言うな、C.C.。クルルギにはクルルギの都合が合ったのだ。無理を言ったのはこちらの方だしな」
そんな彼女をジェレミアがなだめているのも、だ。
「かまいませんよ、ジェレミア卿。ルルーシュの手作りには劣りますが、それなりにおいしいピザの店を見つけてありますから」
最近は、変装もそれなりに上手くなった。だから、ばれないで食べにいける。苦笑とともにスザクはそう付け加える。
「もっとも、今回のことが早々に片付けば、の話ですけどね」
自分が今回、手に入れられた休暇は五日ほど。移動の時間を考えれば、ここで使えるのは三日だけだ。それをまるまる使っては、ピザを食べるどころではなくなる。
スザクはため息とともにそう告げた。
「そんなにはかからないさ」
C.C.はそう言って笑う。
「多分な」
さりげなく付け加えられた言葉に、スザクは目をすがめる。
「何かあると?」
「ない可能性が高いが……黄昏の間がまた再生していなければ、だが」
あそこだけは、C.C.でもどのようなシステムになっているのかわからないらしい。
「もっとも、あいつが《ギアス》をかけたからな。再生していても無害だと思うが」
それでも、何があるかわからない。
だからこそ、自分自身の目で確認しなければいけないのだ。C.C.のこの言葉にスザクもうなずく。
「確かに。自分の目で確認するのが一番確実だ」
この言葉とともに、C.C.はさっさと歩き出した。
「本当に、自分に都合のいいことしか聞かないところは変わっていない」
彼女の後ろ姿を見つめながら、ジェレミアがため息をつく。
「まぁ、C.C.ですから」
数百年培ってきた性格が、すぐに変わるはずがないだろう。
それでも、とスザクは心の中で呟く。微妙に丸くなったような気がするのは錯覚だろうか。
「それに、彼女はあのままでいて欲しいと思いますよ」
彼が生きていた頃のように、と続けなくてもジェレミアにはわかったのだろう。
「そうだな。変わらないものがあってもいい」
自分に言い聞かせるように彼は呟く。
「と言うところで、追いかけましょうか」
そうでなければ、また、ピザを請求されるかもしれない。それはかまわないが、つきあわされるのはごめんだ。
「確かに」
ジェレミアは言葉と共に歩き出す。スザクもまた、C.C.の後を追いかけた。
入り口付近は、まだ普通の洞窟だった。
しかし、奥に行けば行くほど違和感が大きくなる。
「……何だ?」
その正体は、と思いながら周囲を見回す。だが、見えるのはあくまでも無骨な岩肌だけだ。
「どうした、クルルギ?」
そんな彼の仕草に気づいたのだろう。ジェレミアが不審そうに問いかけてくる。
「何と説明すればいいのか、わからないのですが……何か、おかしいような気がするんです」
一番近い表現は『空気がおかしい』だろうか。
「……そうなのか?」
こう言ってきたのはC.C.だ。
「私も何も感じないが……だが、クルルギは一流の騎士だからな。死線をくぐり抜けてきたものだけが感じ取れる何かがあるのではないか?」
そう言う彼も、一流の騎士ではないか。もっとも、現役を退いていると言うことを考えれば、その分、感覚が鈍っているのかもしれない。スザクはそう考える。
「あるいは……ギアスを持っているか、持っていないかの差かもしれないね」
ふっと思いついてそう告げた。
自分には、確かに今でも彼の《ギアス》がかかっている。だが、自分自身が《ギアス》を持っていないのだ。
彼らとの違いがあるとすれば、それだけだろう。
「なるほど。確かにそうかもしれん」
C.C.がそう言ってうなずく。
「こうなると、お前を連れて来たのはよかったのかどうか、わからなくなってきたな」
戦闘能力だけで選んだが、と彼女はため息をついた。
「しかし、お前以外といっても、他に当てはなかったし……こうなると、一人ぐらい契約者を残しておくべきだったか」
さらにとんでもないことを口にしてくれる。
「C.C.?」
「私のではないぞ。V.V.のだ」
C.C.はそう言って目をすがめた。
「嚮団にいた中から、適当に一人、子供を引き取っておけばよかったか。そう考えただけだ」
言葉とともに胸を張る。ある意味、それも見慣れた仕草だと言っていい。だが、とスザクはため息をつく。
「それは違うだろう」
彼の願いと矛盾する。小声でそう付け加えた。
「……本当に、頭の固い男だな、お前は」
あきれたようにC.C.が言い返してくる。
「だが、私もこれに関してはクルルギに賛成だ」
しかし、ジェレミアがスザクの味方をしてくれた。
「ギアスを消すこと。それが、あの方の望みだったのだ。万が一のことを考えれば、ギアス能力者を残しておくのはまずかっただろうな」
彼はそう続けた。
「何。クルルギを一人にしなければいいだけのこと。ギアスなら、私がキャンセルできるであろうしな」
それも何か違うような気がする。
「安心しろ。ギアスの暴走までは行くものはいるだろう。だが、あいつのように制御できるものは一握りだ。そして、嚮団にはあのとき、そんな人間はいなかったからな」
やはり、何かが違う。
「ルルーシュもジェレミア卿も、よく、C.C.と話しができますね」
もう、さじを投げてもいいだろうか。言外にそうにじませながらスザクはそう言った。
「せっかく、素顔でいるときまで、こんな会話を交わしたくないですよ、僕は」
もう少し気楽にやりたい、とスザクは本音を口にする。
「あぁ、それは悪かったな」
「確かに、狐や狸の相手は大変そうだからな」
二人はそう言いながら笑いを漏らす。
「全くです。全部誰かに押しつければいいと思っている相手もいますしね」
誰とは言わないが、とスザクは続ける。
「……あれのことは放っておけ」
ため息とともにC.C.が言う。
「ヴィレッタがサポートして、何とか体裁を保っているだけらしいからな」
彼女の優秀さを改めて認識することになるとは、とジェレミアがため息をつく。
「女性の気持ちは、よくわからない」
それでも困らないが、と言えるあたり、彼はさすがだ。やはり、元辺境伯だけあって、女性との経験も豊富なのか。そんなことを考えてしまう。
「どちらにしろ、あいつはそのうち自滅する。だから、放っておけ」
C.C.はそう言って笑った。
「付け焼き刃がいつまでも続くとは思えないからな」
実際、そろそろメッキがはがれてきているではないか。彼女が付け加えた言葉に、誰も異論を挟めない。
「それはそれで問題なんだけどね」
後のことを考えれば、とスザクは告げた。
「己に力がないくせに、他人のそれを自分のものだと思った馬鹿の後始末は大変と言うことか」
やはり、C.C.にも彼に含むものがあるようだ。それは当然だと言っていいのだろうか。本当に辛口だ。
「別に、そこまでは言ってないよ」
苦笑とともにスザクは言い返す。
「でも、力がないのならそれを自覚しないといけない、と言うのには賛成だけどね」
自分だってそうだった。
口の中でそう付け加えたときだ。
《力が欲しいのか?》
誰かの声が響いてくる。
「……えっ?」
それは聞き覚えがない声だ。ここには自分達しかいない。何よりも、他人の気配なんて感じていないのに、とスザクは周囲を見回す。
「どうした? クルルギ」
ジェレミアが不審そうに問いかけてくる。
「今、声が聞こえませんでしたか?」
「いや。私には別に」
スザクの問いかけに、彼はすぐに否定の言葉を口にした。
「私にも聞こえなかったぞ」
C.C.もだ。そのまま、彼女は少し考え込むような表情を作る。
「ひょっとして、お前にだけ聞こえたのかもしれんな」
ため息とともに、彼女はそう言った。
「仕方がない。一度、ここから出るぞ」
このままではスザクが危険だ。彼女はそう続ける。
「僕が?」
何故、と聞き返す。
「間違いなく、お前が狙われているからだ」
C.C.はきっぱりと言い切った。
《力が欲しいのか? ならば、与えてやろう》
彼女の言葉に覆い被さるように、先ほどの声が脳裏に響き渡る。
「っつ!」
その大きさに、めまいすら覚えた。反射的に体を支えようと壁に手をつく。
その瞬間だ。
光がスザクの体を包み込む。
「クルルギ!」
ジェレミアの声がすぐに遠くなり、そして何かに遮られた。