03
目の前にルルーシュがいる。
そんなはずはない。
この手で彼の命を奪ったのに。
スザクはそう呟く。
だが、目の前のルルーシュは、微笑みを浮かべている。あの日、最後に彼が向けてくれた笑みと同じものだ。
いや、同じなのは笑みだけではない。
彼の服も、そして自分達の周囲の光景も、また、あの日のままだ。
何故、と思う。
呆然としているスザクの目の前で、ルルーシュが言葉を綴った。
「予定通り、世界の憎しみはこの俺に集まっている。後は、俺が消えることでこの憎しみの連鎖を断ち切るだけだ」
そのまま、彼は手にしていた仮面を無造作に自分の方へと差し出して来る。
これを受け取ってしまえば、もう完全に後戻りはできない。
だが、受け取らないわけにもいかない。
これが、自分達に与えられた罰なのだ。
それでも、もし、ここで自分がこれを受け取らなかったなら、世界は今、別の道を歩いていたのだろうか。
いや、それ以前に、もっと別の道を選んでいたならば、自分は彼を失わずにすんだのか。
あの日から今日まで、何度も繰り返した疑問だ。
そして、いくら考えてもあのときの自分にはこの道しか選ぶことができなかった。
あの頃の自分は、ただひとつの怒りにとらわれすぎていたのだ。それがどれだけ自分の視野を狭めていたのか。今ならばわかる。
しかし、今の自分はまだ怒りに引きずられていた。
手を伸ばすと、そのままその仮面を受け取る。
その瞬間、ルルーシュの笑みが色を変える。それは、今までの美しいだけの笑みではない。なんのてらいもない、ただただ優しいだけの笑みだ。
これが数時間後には消えてなくなる。
だが、それすらも彼は受け入れているのだろう。
それが悲しい。
もう、何を言っても無駄なのか。
その笑みを浮かべたまま、ルルーシュがスザクの頬に触れてくる。だが、次の瞬間、彼はきびすを返すと自分に背中を向けた。
そのまま、揺るぎのない足取りで遠ざかっていく。
後数時間で、自分は永遠にルルーシュを失ってしまう。
だが、今からでも何かできることはないのだろうか。
彼の背中を見送りながら必死にそう考える。しかし、自分が考えそうな事は、すでにルルーシュ本人の手によってつぶされていた。
「……僕は……」
本当にどうすればいいのか。ただ、それだけを考えていた。
だが、自分に残されていたのはやはり、あの日と同じ行動だけ、だった。
何故、またあの日と同じ行動を繰り返さなければいけないのか。
それがルルーシュの出した最善の方法だ、と言うことはわかっている。それでも、もう二度気持ちを味わいたくなかった。
これ以外に方法がなかったとしても、だ。
いったいどうすれば、この結末を変えることができるのだろうか。
そう心の中で呟いたときだ。
『力が欲しいか?』
先ほどの声がまた脳裏に響く。
『世界を変える力が』
変えられるのだろうか、この結末を。
スザクは無意識に心の中でそう呟く。
『変えたければ受け取るがよい』
この言葉とともに、何かが脳内に食い込んでくる。それが、使われていなかった歯車を強引に動かすような感覚がした。
「スザク!」
それを邪魔するかのように誰かの声が耳に届く。
これは誰の声だっただろうか。
「C.C.?」
確認するように呼びかける。
その瞬間だ。
目の前からルルーシュの姿が消えた。
代わりに、岩をくりぬいて作られたのではない小部屋が視認できる。
いや、それだけではない。
部屋の中央におかれた瀟洒な木彫りの椅子。詳しい人間が見れば、それだけで時代や何かがわかるのではないか。だが、残念だが、スザクにはわからない。
それに、それ以上に気になるものがその椅子に座っていた。
「……ミイラ、か?」
スザクはそう呟く。
「今は、な」
こう言いながら、C.C.はまっすぐにミイラへと歩み寄っていく。
「先ほどまで、この体に意識は宿っていたようだが」
彼女はそう言いながら、ミイラを突き飛ばす。それに逆らうことなくミイラは床へと倒れ込んだ。
「たいした執念だ。最後の最後にギアスを押しつけていったか」
気に入らない、とその視線が告げている。
「もっとも、コードまでは押しつけられなかったようだな」
そこまで時間がなかったか。それとも、ギアスを与えることだけが目的だったのか。どちらなのだろうか。
「ギアスを、僕が?」
そんな実感はない。ルルーシュの話ではギアスを受け取ったときには、それなりの実感があったらしいのに、だ。
「間違いない。私には、相手がギアスを持っているかどうかわかるからな。もっとも、お前の力がなんなのかまではわからないが」
それでも、スザクにはギアスがある。彼女はきっぱりとそう言いきった。
「全く……私としたことが、まんまとそいつの思惑に乗せられたか」
忌々しい、とC.C.はさらに毒づく。
「だが、まだクルルギでよかったかもしれん」
そんな彼女をなだめるようにジェレミアがそう言った。
「クルルギであれば、例えギアスを持っていたとしても、無謀なことはするまい」
他の者であれば、この力を使って世界をまた混乱の渦に巻き込もうとするかもしれない。だが、スザクであればそんなことは考えないだろう。
ジェレミアはそう言いたいらしい。
「……まぁ、こいつなら殴ってでも止められるか」
納得してくれたのはいいが、そのセリフはなんなのだろうか。
「それにしても、クルルギの《ギアス》とはどのようなものなのだろうな」
ジェレミアが呟くようにそう口にする。それはスザク本人も抱いている疑問だ。
「さすがに、そこまでは私にもわからないぞ」
C.C.は苦笑とともに言葉を返してくる。
「誰がどのようなギアスを受け取るか。それは一種の賭のようなものだからな」
受け取る人間が一番強く思っている願い。それが左右するのだ。そう言われてスザクは納得する。
「だからといって使ってみるなよ?」
C.C.は真顔でそう言った。
「使わなければ、ギアスを持っていることすら忘れるだろう」
この言葉に、スザクは首を横に振ってみせる。
「それでは、万が一と言うこともあるからね。一度は確認してみるよ。そうでないと、ユフィのときの二の舞になりかねない」
あれはルルーシュの心に大きな傷をつけることになった。そして、自分と彼の間に最後まで溝を作っていた原因でもある。
「今なら、ジェレミア卿がいらっしゃる。だから、大丈夫だろう?」
とんでもないギアスだったとしても、彼がキャンセルしてくれるだろう。
「確かに」
そう言ってスザクを巻き込んだのだ。だから、それを逆手にとっていけないことはないだろう。そう考えての言葉だったが、ジェレミアはあっさりと同意をしてくれた。
「確かに……うっかりは怖いからな」
何かを思い出したのだろう。C.C.は眉根を寄せながらこう呟く。
「仕方がない。確かに、このメンバーがいる間に何とかするしかないな」
不本意そうな表情で彼女はこう結論を口にした。
「あいつのように他人に作用するギアスの場合、何が媒介になるのか。確認しなければこいつの仕事に差し支えるかもしれないからな」
ルルーシュやシャルルのように視覚を媒介に発動するなら、仮面をかぶっているスザクには何も問題はない。
だが、もし、聴覚を媒介にするなら、仮面だけでは防ぎようがないのだ。
「なら、ホテルに戻るか?」
ジェレミアが提案をするように告げる。
「いや。まずはここでかまわないだろう」
他人に作用するものかどうか。そのくらいは確認しておいた方がいい。C.C.はそう言った。
「私にギアスは効かないが、どのようなものかはわかるからな」
それでわかれば、すぐに対処がとれる。そうでなければ、経過観察をすればいい。
「マリアンヌの例もある。あいつのギアスが発動したのは、死の直前だったからな」
そんなギアスもある、と彼女は続ける。
「……それまで、私が生きているとは限らないのだぞ?」
ジェレミアがため息とともにそう告げた。
「大丈夫だ。そのときは、こいつを人気のないところに放り出せばいいだけのことだからな」
その鼓動が止まるまで、とC.C.は言う。なんなら、自分が命の根を止めてもいい。そう続けた。
「勝手に人の死に際のことを決めないでくれるかな」
全く、とスザクはため息をつく。
「ともかく、実験して見ることはやぶさかではないよ。必要なことだしね」
しかし、どうすればいいのか。いくら考えても答えがわからない。ルルーシュはすぐにわかったらしいのに、だ。
それはどうしてなのか。そう考えながら、改めてスザクはあのミイラへと視線を向ける。
「その前に、土に埋めてやろうか、それ」
不本意だけど、死者をそのままにしておくのは趣味ではない。
「確かに。どのような相手であろうと、死者には礼を尽くさないとな」
ジェレミアもそう言ってうなずく。そのまま、二人は行動を開始する。
「……酔狂だな」
ただ一人、C.C.だけがこう呟いていた。