04
あの場で一晩過ごしても、スザクは自分が受け取ったギアスが何であるのか、わからなかった。
「困ったな」
とりあえず、他人に作用するもではないらしい。
それだけは救いだろう。しかし、自分に押しつけられた力の意味がわからないのはものすごく気持ちが悪い。
もっとも、C.C.の話ではギアスを受け取っても発言させられなかったものも多いらしい。スザク自身はどちらかと言えばギアスと相性が悪いらしいから、それも関係しているのではないか。彼女はそうも告げた。
「出てこないから、それはそれでいいんだけど」
しかし、とスザクはため息をつく。
「何で、こんなにもあのときの夢を見るのかな」
今までも何度か見ていた。しかし、二日続けてみることはなかったと言っていい。
それなのに、昨夜は何度も同じ夢を見ていた。
いや、全く同じなわけではない。
微妙に己の行動が現実と変わっていた。
「……まぁ、夢だからね」
自分の希望通りに改変されていたとしてもおかしくはない。
なら、もっと変わっていてくれてもいいのではないか。
「ルルーシュとユフィが生きているとか」
それこそあり得ないだろう。そのためには、自分がもっと早くルルーシュを止めていなければいけなかった。だが、果たしてあの頃の自分にそれができていたかどうか。
「今の俺なら、可能なのかな?」
あの頃とは違いあれこれと学んできた。だから、もっと別の方法を選ぶことができるのかもしれない。
あるいは、みんなが笑い合える世界があったのだろうか。
「……あくまでも、夢、だけどな」
過ぎてしまった時間を巻き戻すことはできない。
それを一番、よく知っているのは自分ではないか。
苦笑を浮かべつつそう呟く。
「それよりも、いったい、どんなギアスを押しつけられたんだろうな」
今、一番先に確認しなければいけないのはそれではないか。
「とりあえず、他人に作用するものでなければいいんだが」
ロロのようなものであれば《ゼロ》として働くのに支障はない。だが、ルルーシュやシャルルのようなものであれば、かなりまずい。改めて確認しなくても、それはわかっている。
「ルルーシュのお母さんはギアスは持っていても死ぬ直前まで発動しなかったらしいし」
自分もそうであればいい。いや、いっそ、死ぬときも発動しなければ、一番いい。そうすれば、誰にも迷惑をかけずにすむ。
だから、忘れてしまえばいい。そう呟く。
もっとも、C.C.がそれを許してくれるかどうかはまた別問題だろう。
「ルルーシュに対する言動を見ていると、ストーカー並にしつこいようだし」
ぼそっと呟く。
「聞こえているぞ、枢木」
後頭部に向かってC.C.の言葉が投げつけられた。しかし、どうして彼女の気配に気づかなかったのだろう。そう思わずにいられない。それこそ、C.C.だからと言うことで納得しておくべきなのだろうか。
「あいつは物事を誇張して話しすぎる」
いや、それはない。自分も何度もそう感じたのだ。そう言いたいが、そうすれば間違いなく百倍になって返ってくる。それにつきあう気にはなれない。
「何の用?」
とりあえず、確認だけをしておこう。そう思って問いかける。
「……とりあえず、ギアスは発動していないようだな。目に見える形では」
それに、彼女はこう言い返してきた。
「何が言いたいんだ?」
意味がわからない。
「とりあえずは一安心、と言うことだ」
もっとも、と彼女は続ける。
「これから、何が起きてくれるかわからないがな」
いつ、ギアスが発動するのかわからない。そう彼女は続けた。
「それはそうかもしれないけど」
だからといって、朝からそんな風に不機嫌な表情を向けられるのは違うのではないか。
「僕だって、せめて朝ぐらいはさわやかな気持ちでいたいよ」
どんなにいやな夢を見ようと、朝だけは必ず来る。朝の空気だけは、昔と変わらずにさわやかさを運んで来てくれる。それなのに、朝から不機嫌そうな誰かさんの顔を見せられるのは違うのではないか。そう思わずにいられない。
「これ以上、ここにいても無駄だろう。とりあえず、町に戻るぞ。お前が言っていたピザ屋にも行かなければいけないしな」
やはり、最終的にはそこにたどり着くのか。彼女らしいと言えばそうなのかもしれない。しかし、もう少し別の言葉があってもいいのではないか。
だが、相手はC.C.だ。普通の反応を求めてはいけない。スザクは自分にそう言い聞かせる。
「覚えてるよ」
不本意だが、とため息混じりに言い返す。
「ジェレミア卿も誘って早めに外に出よう」
とりあえず、空が見たい。やはりこんなところにいると気が滅入ってしまうのだ。
「その後で、風呂に入りたいな、まず」
食事をするのはその後でいいのではないか。スザクはそう考える。
「そうだな。不潔な男は嫌われるぞ」
自分はどうなんだ、と突っ込みたい。
同時に、あれだけ長い時間、彼女とつきあっていられたルルーシュの忍耐力は尊敬に値する。心の中でそう呟いていた。
再び、いつもの日々が戻ってきた。
『いいか? 少しでも違和感を感じたら、すぐに連絡をよこせ』
しつこいくらいこう言うと、C.C.もジェレミアとともに姿を消す。彼女の連絡先を聞いていなかった、と気づいたのはその後のことだった。
「……ジェレミア卿の居場所は聞いているから、いいけどね」
C.C.もそのつもりだったのだろう。しかし、と思わずにいられない。彼にしても、あまり表沙汰になってはいけない人物ではないのか。もっとも、自分の正体もそうなのだからおあいこと言っていいのかもしれない。
どちらにしろ、とため息をつく。
「いいように使われているな、ジェレミア卿」
C.C.に。口の中だけでそう付け加えた。
だが、ジェレミアにしてみれば、それもルルーシュとのつながりなのかもしれない。彼だけが、ある意味、真実のルルーシュの騎士だったと言えるのではないか。そう考えると同時に、うらやましく思える。
「本当、今更だな」
ユーフェミアのことがなかったなら、そうなっていたかもしれない。
いや、それ以前に、彼が皇子のままだったなら自分は彼の騎士になれただろうか。
「無理だな」
あれだけブリタニア人と名誉ブリタニア人の間の差別が激しかったのだ。ユーフェミアのような人間でなければ、名誉ブリタニア人を己の騎士に仕様なんて考えなかったに決まっている。
それ以前に、自分はルルーシュが出会っていただろうか。
「……馬鹿馬鹿しい」
自分でも何を考えているのか、とは思う。
第一、自分が考えなければいけないのは過去のことではない。未来のことだ。それがルルーシュとの約束だったではないか。
だが、過去のことを考えてしまう理由もわかっている。
あの日から毎晩のようにあの頃の夢を見てしまうのだ。
時間にすれば、ルルーシュとともに過ごしたのは幼い頃も含めて二年ほどでしかない。そのうちの半分は彼を恨んでいたような気がする。
しかし、それは最初にボタンを掛け違えたからだ。
そうでなければ、きっと、もっと別の未来を手にできていたはず。そんな気持ちが自分の中にある。だから、あんな夢を見てしまうのではないか。スザクはそう考えていた。
それに、夢の中なら、いくらでも過去を変えることができる。
アンハッピーエンドがハッピーエンドになったとしてもいいはずだ。
原作がバッドエンドで終わった話も、映画になったときにはハッピーエンドになっていることだってあるし。そう考える。
「ともかく、今日の仕事だな」
確か、EUの大統領の一人との会談だったはず。記憶していたスケジュールを引っ張り出しながらスザクはそう呟く。
「あそこも、いい加減、昔の考えを捨ててもらわないと困るんだが」
自分があの国に攻め入ったときから、それは変わらない。いや、それ以前からか。
「シュナイゼルも手を焼いているようだし……どうしたものか」
あの利権主義を何とかしなければ、また、戦争の火種となりかねない。しかし、強引な手段を使うこともできないだろう。
話し合いで何とかなればいいのだが。
それですまなければ、ちょっと脅しをかけないといけないだろう。だから、できればあの少女でない他の誰かが来てくれればいい。そんなことも考えてしまう。
どちらにしろ、厄介なのは事実なのだが。
「でも、やらなきゃいけないんだよね」
自分以外にできる人間がいない以上、とスザクは自分に言い聞かせる。そのまま、彼はすべての感情を押し隠すように仮面を身につけた。
この時にはもう、夢のことなど忘れていた。