05
もう何度目になるかわからない夢の中でのやり直しを終えたときだ。スザクはある異変に気がついた。
いや、異変と考えていたのは彼だけだったかもしれない。
誰であろうと『本に書かれている記述の方が正しい』と言うはずだ。しかも、それがゼロレクイエムの後に書かれたものならばなおさらだ。
しかし、それならばどうして自分の記憶と、ここに書かれている内容が違ってるのだろうか。
いや、問題なのはそれだけではない。
ただ違っているだけならば自分の記憶違いだと言えばいい。
しかし、その内容が自分が夢で変えたとおりのものと同じだというならば、そこに関連性を感じない方がおかしいだろう。
「……何故……」
こんなことになったのだろうか。
自分の夢が現実になるなんて、普通はあり得ない。
つまり、普通ではない要因があると言うことではないか。
それが何か。
心の中でそう呟いたときである。ある可能性がわき上がってくる。
「……まさか……」
自分の夢がギアスと関係しているのだろうか。
「そんなことはあるのか?」
個人的には否定したい。しかし、理屈ではないところで作用するのがギアスではないか。
「確認しないと、いけないな」
ため息とともにスザクはそう告げる。
「不本意だけど、彼女を呼び出すか」
できれば顔を合わせたくないのだが、彼女以上にギアスについて知っている人間はいない。
「無駄に長生きをしていない、と言うことか」
本人に言えば殴られるだけではすまないだろうセリフを口にした。
まぁ、そのときは逃げ回るだけだからいいか。心の中でそう付け加える。
「ジェレミア卿に連絡しないとね」
その後で、いったいどこがどう変わったのかを書き出しておかないといけないのではないか。ついでに夢の中で自分がどのような行動を取ったのかも、か。
面倒だが、仕方がない。
しかし、と心の中で呟く。
「もし、これが本当に僕のギアスなら……みんなが幸せになれる世界を作れるのかな」
それがどれだけ困難なことかはわかっている。それどころか、世界そのものを混乱に陥れることになりかねない。
だから、そんなことを考えてはいけないのだ。
それでも可能性があるのであれば、と考えてしまうのは、自分の心が弱いからなのか。
「それも、C.C.に相談だな」
彼女に馬鹿にされれば目が覚めるかもしれない。それまでは自分自身の願望を押さえつけていられるのではないか。いや、そうできるはずだ。
「僕は《ゼロ》だ」
それがルルーシュから受け取った、彼の望みだから。スザクは自分にそう言い聞かせていた。
ジェレミアに連絡をして数日後、ふらりとC.C.が姿を見せた。相変わらず、と言っていいのか。スザクは彼女がどうやってこの部屋まで入り込んだのかわかっていない。仕事から帰ってきたときにはもう、彼女が部屋の中にいたのだ。
「事前に連絡をして欲しい、と言うのはわがままなのか?」
自分の部屋のようにくつろいでいるC.C.に向かってスザクはそう告げる。
「何故、私がお前の都合に合わせなければいけない?」
ソファーの上に寝転びながら彼女はピザをつまみ上げた。
「呼び出したのは、お前の方だろう?」
さらに彼女はそう続ける。
「ならば、私の都合に合わせるんだな」
本当とにどこまで自分本位なのだろうか、彼女は。だが、そうだからこそ安心できる、と感じる部分もある。
「そうは言うけど、出張中だったらどうするつもりだったわけ」
下手をしたら、一月ぐらい帰って来なかったかもしれない。その間、ここに誰かがいればばれるに決まっている。
「そのときは、お前の出張先まで足を運んでやったさ」
面倒くさいが、とC.C.は笑う。
「それで?」
言葉とともに彼女は体を起こした。その表情はすでに厳しいものになっている。
「お前が感じている違和感とは、どのようなものだ?」
説明しろ、と彼女は言外に付け加えた。
「その前に、着替えぐらいさせてくれないかな? この格好のままだと説明しづらい」
肉体的にではない。心情的に、だ。
「そうだな。私も、その仮面をかぶったお前と話をするのは微妙な気持ちになる」
そう告げるC.C.のまなざしが、スザクを通り越して別の誰かを見つめているようなものへと変化した。しかし、それを指摘するようなことはしない。
「……すぐに戻ってくる」
代わりにこう言い残すと、奥の部屋へと向かった。
仮面とマントを外し、上着を肩から滑り落とす。
「シャワーも浴びたいところだけど……そこまでは時間をかけられないな」
C.C.が何をしてくれるかわからない。だから、とスザクはため息をつく。
それでも、仮面とマントを外しただけでも肩が軽くなったような気がする。
「さて、と」
さっさと終わらせてしまおうか。自分に言い聞かせるようにスザクはそう呟く。
そのまま、先日からまとめていためもを取り上げるとC.C.が待っている部屋へと戻る。
「……すぐに戻ってこいと言っただろう?」
その瞬間、あきれたようなC.C.の声が飛んでくる。
「五分とかかってないはずだけど?」
何を言っているのか、と思わずそう言い返す。
「本当なら、シャワーも浴びたかったんだけどね。君が待っているから我慢したんだけど」
そこまで言われるなら、しっかりとシャワーを浴びて着替えてくればよかっただろうか。
「あいつなら、この場で仮面とマントを外して終わり、だったぞ」
それに対する返答がこれだった。
「まぁ、あいつは女性に対する言動があれだったからな」
「……単に、君が女性扱いされていなかっただけじゃないの?」
ルルーシュから、とスザクはため息混じりに口にする。
彼が彼女のことをどう思っていたか。それはすでに記憶の中の彼の言動から推測するしかない。
「それは、あいつがお子様だったからだろうが。このナイスバディを見ても平然としていられたんだからな」
「……ルルーシュがそっち方面では未成熟だったことは否定しないけどね」
きっと、シャルルのことがあったから自分自身でそちら方面を封印してしまったのだろう。
だが、それは今は関係ない。
「とりあえず、これを見てくれる?」
話題を元に戻そうとスザクはC.C.の前にめもを差し出した。
「僕の記憶違いだというならいいけど、もしそうならこんなに多いのはまずいような気がする」
自分自身がおかしくなっていると言うことだろう。だから、と続けた。
「面倒な」
こう言いながらも、C.C.はめもを手にする。そのまま、文面へと目を落とした。
彼女の眉根が次第によっていく。
「枢木」
完全に感情が消えた声でC.C.はスザクの名を呼ぶ。
「これは、本当なのか?」
「僕が正気なら、ね」
スザクはそう言って苦笑を浮かべる。
「あの日から毎晩のように夢を見るんだけどね。そこで違う行動を取った結果がそれ」
もちろん、と彼は続けた。
「僕が覚えていた方が夢だという可能性もあるけどね」
だが、そんなはずはない。スザクはそう言い切れる。
しかし、あまりに突拍子もなさ過ぎて誰も信じてくれそうにない。実際、自分でもたまに信じられなくなるのだ。こうして手書きしためもが残っているから間違いではないと言い切れる。
「……なるほど」
C.C.はこう言ってうなずく。
「何か、微妙に違和感を感じていたのは、このせいか」
やっとわかった、と彼女は呟いた。
「しかし、そうだとすると厄介だぞ?」
言葉とともにまっすぐにスザクの目を見つめてくる。
「今のところは歴史の些末な部分が変わっているだけだ。しかし、いずれは本流にも及ぶかもしれない」
スザクにとって、それはいいことだろう。だが、他のものにとってはどうだろうか。C.C.はそう指摘してくる。
「わかっているよ、そのくらい」
スザクはそう言い返す。
「だから、この事実に気づいてからはできるだけ同じような行動を取るようにしようとしたよ。でも、できなかった」
無意識に自分達にとっていい結末を選んでしまう。まるで何かに導かれているようだ。
「……無意識の願望か」
C.C.はため息とともに言葉を吐き出す。
「仕方がないことと言えば、仕方がないことだな」
自分でもそうするだろうから、と彼女は言う。
「しかし、このままでは早々に暴走するぞ?」
ギアスが、とC.C.は眉根を寄せた。
「……でも、夢だよ? 見るなと言われても無理だよ」
それこそ、睡眠薬でも飲まないと、とスザクは言い返す。しかし、それでは万が一の時に動けなくなる。自分の立場上、それは難しいのではないか。
「酒でも飲めばよかろう」
そうでなければ、と彼女は続ける。
「何か、トリガーになるようなものを決めるのだな」
夢を見ると言われても、とスザクは考えた。それが表情に出たのだろうか。
「だから、私がコントロールの手伝いをしてやろうと言っているのだ」
即座にC.C.は言葉を重ねる。
「できるのか?」
「代わりに、お前の夢の情報は私も共有することになるがな」
それでもよければ、と彼女は言う。
「……それも仕方がないんだろうね」
この状況を少しでも打破するためには、とスザクはため息をつく。
「そうだな。適当なところで改変に介入させてもらおう」
C.C.はそう言った。
「私も……あいつが生きている未来の方が楽しいからな」
それが本音か。だが、彼女ならばそういうだろう。そう予想していた自分がいることも否定しない。
「じゃ、そういうことで……何にしようかな」
とりあえず、重荷を共有できる相手ができたという事実でいいことにしておこう。そう考えると、スザクは小さな笑みを浮かべた。