06
C.C.と夢を共有するようになったからか。過去の日々を見る回数は格段に減った。
しかし、だ。
よいことばかりではない。
次第に自分自身の記憶と歴史の差異が大きくなってきている。逆に言えばそれだけ夢の中での行動を慎重にしなければいけない、と言うことだろう。
それでもユーフェミアの汚名をそそぐことができたのはよかったと言うべきだろうか。
それなのに、どうしてだろう。
どんなに手を尽くしても、ルルーシュが『悪逆皇帝』と呼ばれることは避けられない。ユーフェミアの死もだ。
「きっと、この二つは切り離せないんだ」
スザクはため息とともに呟く。
そうだとするならば、自分はいったいどうすればいいのだろうか。
後残されている選択肢はそう多くはない。その中でも可能性が高いのは、とため息をつく。
自分がユーフェミアの手を取らないという選択。
あるいは、あの日、ゼロの誘いを受けるという選択。
この二つはまだ試したことはない。だから、可能性は残されている。
それでも、今までためらってきた理由は簡単だ。これを試せば、世界が大きく変わる可能性がある。今、自分達がいる世界がどうなるのか、スザクにもわからない。この平和が失われる可能性だって否定できない。
「ルルーシュが作った世界なのに」
それを自分が壊していいものか。そう考えてしまうのだ。
逆に言えば、今の世界が壊れれば遠慮はいらないということだろう。
そんな日が来ないで欲しいと思うと同時に、来て欲しいとも考えている。
「矛盾だな」
ため息とともにスザクはそう呟く。
それでも、積極的に壊そうとは思わない。失ってしまった人たちと同じ程度とは言い切れなくても大切だと考えている人々がそばにいるのだ。彼らが最後の防波堤になってくれているような気がする。
「……まだ、他に方法があるかもしれないし……」
可能性があるなら、あきらめるつもりはない。
どんな小さな可能性だって、あきらめなければ芽が出る。それを教えてくれた人物がいるだろう、と自分に言い聞かせるように口にした。
「問題なのは、ゼロレクイエムが始まってしまえばルルーシュがすべての可能性をたたきつぶしてくれているということかな」
あそこでつけいる場所があれば、もう少し楽なのに。そうぼやきたくなる。
「もう一度、歴史の勉強をするしかないよね」
じっくりと調べていけば、あるいはどこかにつけ込む隙があるかもしれない。
そうでなかったとしても、そうしていれば余計な事を考えなくてすむような気がする。
「最近、僕が妙にあれこれと知っているから、おかしな目で見られているけどね」
今は、ここにいる者達は自分の正体を知っている。そして、自分がそういうことに疎かったことも知っているのだ。それでも《ゼロ》として必要だから勉強したと言えばとりあえず、納得してくれているらしい。
もっとも、シュナイゼルには時々、からかわれてはいる。笑い話になるから、それはそれでいいのだろう。
「C.C.がどう考えているかはわからないけどな」
気がついたら、しっかりと彼女もここに居座っている。それに関しては周囲が不審に思っていないからいい。何よりも、すぐに相談できるのは便利だ。
だが、どんなときでもC.C.はC.C.だと言っていい。余計なイヤミまで聞かせてくれるのはあまり嬉しくない。
「本当、ルルーシュはよく、彼女とつきあえたよな」
時々爆発していたが、それでもちゃんと彼女のためにピザを作ったりしていたのだ。とてもではないが、自分はそこまでできない。
「たぶん、ルルーシュにしてみればプラスマイナスゼロだったんだろうな」
彼女を鬱陶しいと思う気持ちとそばにいてくれて助かるという気持ちと、だ。
そんなことを考えながら、歴史の本を本棚から取り出す。
「やっぱり、書き込みも変わるんだ」
変わらないのは、自分がいつも持ち歩いている手帳ぐらいなものだ。それもきっと、自分の記憶が残っていることと同じ理屈なのだろう。
もちろん、これもあくまでも推測だ。答えを知っている人間は誰もいない。
「今以上に、あれこれと考えていることもないかもしれないね」
スザクはそう呟く。
「もっと早くこうしていたら、よかったのかな?」
子供の頃からあれこれと考えるようにしていれば、ルルーシュの負担を減らすことができたのかな、と続ける。
「今度は、ちょっとがんばってみよう」
いろいろと考えて、少しでもいい選択ができるように。
それでも、結局僕は、彼らを失うのだ。
「……ひょっとして、二人が日本に来てからじゃ遅いのか?」
あのときにはもう、ルルーシュの気持ちは決まっていたのかもしれない。
「かといって、ブリタニアにいた頃じゃ、僕は手が出せないし」
その頃の自分は日本にいた。ルルーシュのこともナナリーのことも知らずに、だ。
知っていたとしても、子供が一人でブリタニアに渡れるはずがない。
「無理だよね」
ため息とともにそう呟く。
「手詰まり、かな」
悔しいが、と続ける。
「相手がルルーシュでなければ、何とかなったのかもしれないけど」
彼の計画であればほころびがあるはずがない。
いや、全くなかったわけではないか。すぐにそう思い当たる。
「黒の騎士団か」
彼らがシュナイゼルの口車に乗って《ゼロ》を裏切ったのはルルーシュにしても予定外だったはず。だからこそ、彼はある意味無謀とも言える手段に出たのではなかったか。
そうならば、逆に黒の騎士団が裏切らないようにすればいいのではないか。
「と言っても、難しいけどね」
扇がトップでいる限り、と続ける。
さっさと騎士団から彼とその仲間達を放り出せば、あるいはもっと冷静な対処がとれたのかもしれない。
いや、彼だけではない。
藤堂の存在を盲信しすぎていた千葉や朝比奈も何とかしなければいけないのではないか。
そう考えると、自分の手に余りそうな気がする。
「厄介だよね」
優秀だけど純粋すぎる人材と、馬鹿だからこそ、目の前の餌に食いつく人間。そのどちらも、とスザクはため息をつく。
「卜部さんや仙波さんのように、藤堂さんのためにルルーシュに味方をするならばともかく、その足を引っ張るんじゃね」
そして、藤堂も最後にはルルーシュを見限った。
これを何とかできれば、少しは流れが変わるのではないか。
だが、できるのか。
「やってみるしかない」
スザクはそう呟く。
「やらないと変わらないしな」
「確かに」
背後から声が響いてくる。それが誰のものか、あえて確認しなくてもわかった。
「せめて、入室前にノックをしてくれ……といつも頼んでいるだろう?」
入るなとは言わないが、と続ける。いや、勝手に入られるのはあきらめた、と言うべきか。
「したぞ。お前が気づかなかっただけだ」
彼女は堂々と胸を張る。
「それはともかく」
だが、すぐにC.C.は表情を変えた。
「お前のギアス、強くなっているぞ」
まじめな表情で彼女は指摘の言葉を継げる。
「……そう」
指摘をしてくれるのはありがたい。しかし、どうすればいいのか。
「徹夜をするのも限界があるしね」
ため息とともにスザクはそうはき出す。
「確かにな」
C.C.もそう言ってうなずく。
「ともかく、だ。気をつけろ」
それと、と彼女は続ける。
「今までは見守るだけにしておいたが、これからは夢の中にも介入させてもらうぞ」
スザクのギアスが暴走しないように、と言われても、すぐに納得できない。
「僕の夢の中でまで、傍若無人に振る舞うつもりか?」
「何を言っている。私ほど慎ましやかな人間はいないぞ」
どこが、とスザクは思う。
「それに、お前の目の届かないところで動ける人間が必要だとは思わないか?」
それに、と彼女は続ける。
「私は黒の騎士団にいたからな」
裏工作はできるぞ、と彼女は笑う。
「……言われてみればそうか」
そうすれば、自分は自分で動けるかもしれない。
しかし、だ。
「安心しろ。お前があれこれと妄想しているときには介入しない」
にやり、と笑いながら彼女はそう言った。
「別に、見られて困ることはないけどね」
その手のおかずも最近は必要なくなった。いや、ルルーシュが失われてからずっと、と言うべきかもしれない。
「そういうことにしておいてやろう」
C.C.は即座に言い返して来る。
「それよりも、どうするんだ?」
介入していいのか、と彼女は続けた。
「不本意だけど、仕方がないね」
このままでは埒があかないというのも事実だし、とスザクはうなずく。
「でも、邪魔はしないでよ?」
「わかっている。私はお前の協力者だからな」
その言葉を信じるしかないか。実際、共犯者としての彼女は信じてもいいような気がするし、とスザクは考えていた。