07
これも、自分のギアスが暴走一歩手前の状況だから、なのだろうか。
気がついたら、別の人間になっていた。いや、百パーセント自由に相手の動きをコントロールできる訳ではないから、意識の中に居候していた、と言った方が正しいのだろうか。
いったい、誰の中に。そう考える。
しかし、答えは見つからない。相手もわからない、と言った方が正しいのか。
それでも、彼がブリタニアでもそれなりの家柄の存在だ、と言うことはすぐにわかった。
彼の先祖伝来の家宝、と言われているものから推測すれば、日本と関係があるような気もする。
それ以上に自分にとってプラスだったのは、彼がマリアンヌと顔見知りだと言うことか。
「これで、自由に動ければ……」
何とかできるかもしれない。しかし、残念なことに自分は相手の意識に間借りしているような状況だ。黙ってみているのが関の山らしい。
その事実が歯がゆいと思う。だが、状況を把握するのには一番いいのではないか、と思う。自分はこの時代について資料に書かれている以上のことは何も知らないのだ。
「とは言うけど、いらつくけどね」
自分自身の判断で動けないというのは、とスザクはため息をつく。
その間にも、視界に映る光景は変わっていく。
今日はいったい、何が起きるのだろうか。
そう考えたときだ。
『大変だ! 軍人が、太陽宮に攻め入っている!』
こんなセリフが耳に届いてくる。その瞬間浮かんできたのは『やはり』と言う言葉だった。それは自分のものではなく、自分が間借りしている彼のものだろう。
それはどういう意味なのか。そう考えると同時に、答えがスザクの中に流れ込んでくる。
ナイト・オブ・ワンと皇帝シャルルの間の不和。それは、新しく選ばれた二人のラウンズにある。
ビスマルク・ヴァルトシュタイン。
そして、マリアンヌ・ランペルージ。
彼ら二人は現在のナイト・オブ・ワンが望んでいなかった人物なのだ。
もっとも、ビスマルクに関しては妥協できなかったわけではないらしい。彼は平民とは言え、昔からシャルルの護衛をしていたのだ。だから、いずれはそうなるだろうと考えられていたのだろう。
しかし、マリアンヌは違う。
どこの馬の骨ともわからない人材。しかし、その才能は人並み外れている。一度でも切り結べばそれを実感できた。だが、他の者達はその美貌でシャルルに取り入ったと考えているのだ。
「あの方は、先日、皇妃になられた方の血縁だったな」
宿主がこう呟く。
それが、反逆のきっかけになったのだろうか。
そうだろう、と彼は結論づける。
「可愛がっていた姪御もおられたと聞いている……つまり、そういうことなんだろうな」
馬鹿馬鹿しいと言えば馬鹿馬鹿しい理由だ。しかし、当人にとっては今までの自分を壊してもかまわない理由になったのだろう。
「今まで剣を捧げていた相手にその剣を向けるなど、騎士の風上にも置けない」
手早く身支度を調えると、彼は剣に手を伸ばそうとする。だが、その手を不意に止めた。代わりに、その隣の布に包まれた細長いものを手に取る。
「これの方がいいか?」
こういうときには、と彼は呟く。
「我が家のルーツだからな」
言葉とともに彼は布を取り去る。そこ似合ったのは間違いなく日本刀だ。ただ、自分達が持っているような刃を上向きにして腰に差す打刀ではなく刃を下向きにして腰に佩く太刀だ。年代にすれば室町中期以前に作られたものだと言うことになる。
その頃にブリタニアに渡った日本人がいたのだろうか。
スザクはそんなことを考える。
その間にも宿主は粛々と準備を整えていく。
「さて……行くか」
二度とは戻ってこられないかもしれないが、と彼は口の中だけで呟いた。だが、すぐに表情を引き締めると歩き出す。
玄関のドアを閉める瞬間、眼に入った光景が、妙に記憶に焼き付いていた。
彼がその部屋に戻ることができたのかどうか。スザクにはわからなかった。
見慣れた天井を確認して、スザクは安堵のため息をつく。
「今のは血の紋章事件の時か」
自分がいたのは、とスザクは呟いた。
「そのようだな」
それに答えを返してきたのは、もちろんC.C.だ。
「しかし、お前があの男の中にいたとは、思ってもみなかったな」
さらに彼女はそう付け加える。
「知り合い?」
体を起こしながらスザクは問いかけた。
「顔と名前を知っているだけだ」
マリアンヌの直属の部下だったはず、と彼女は言う。
「日系?」
「四百年近くも昔に渡った、な」
四百年というと、いったい何世代、あの国で暮らしていたのだろうか。それでもきちんと手入れをされていた太刀を見れば、日本人としての精神だけは受け継いでいたように思える。
「お前の先祖と関わりがあったのかもしれない」
そういえば、とC.C.は呟く。そのあたりのことにも彼女は関わっているらしい。
「どうやら、本気で暴走寸前のようだな、お前のギアスは」
しかし、今はそれを問いかけるよりもこちらの方が優先事項だろう。
「かもしれないね」
自分でもそんな細いつながりの相手の意識に滑り込めるとは思わなかった。
「でも、何もできずに見ているだけだったから……意味はないかもしれない」
これでは、とスザクはため息とともに付け加える。
「そう言うな。今はな」
むしろ、そんなことを考えると厄介なことになるぞ。C.C.のその指摘はもっともかもしれない。
それでも、だ。
あの時代で何かをできれば、ルルーシュ達の運命を変えることができるかもしれない。
「第一、お前はあの頃のことを本でしか知らないだろう?」
現実はもっと厄介だ。C.C.はさらに言葉を重ねる。
「否定はしないよ」
あのとき、太陽宮の内部でどのようなことが起きていたのか。細かいところまでは知らない。文字に残されていない事実も多いはずなのだ。
「同じような状況になったら、当分はおとなしく見学しているんだな」
そうすれば、暴走はまだ当分起こらないかもしれない。C.C.はそうも付け加える。
「どちらにしろ、今、生きている人間を失いたくないなら、慎重に行動をしろ」
そうでなければ、誰が失われてもおかしくはない。
「わかっている」
彼女の忠告に、スザクは小さくうなずいてみせる。
「僕にだって、譲れない一線はある」
ナナリーを守ること。
ルルーシュと明確に約束したことではない。だが、彼の望みの中にそれもあるとスザクは考えている。
それでも、と心の中で呟いてしまう。
もし、彼女の命が失われることでルルーシュとユーフェミアの死を回避できるとするならば、自分はどうするのだろうか。
すぐには答えを出せない。
だが、その可能性がないとは言えないのだ。
「だといいがな」
そんなスザクの内心を読み取ったのだろうか。C.C.はそう言って笑う。
「ともかく、そろそろベッドから出ろ。仕事の時間だ」
お前が帰ってくるときまでにいいものを探しておいてやろう。彼女はさらに言葉を重ねる。
「もっとも、それが残っていれば、だがな」
これだけ歴史が変わっていると個人的なものは残っていない可能性があるから、と彼女は言う。
「そうだね」
確かに、自分もそれは経験している。
アッシュフォード学園で撮ったはずの写真がなくなっていたのだ。それは、きっと、そのときの流れが変わってしまったからだろう。
「当てにしないで待っているよ」
そう言いながらC.C.がいる方向とは反対側からベッドを滑り降りる。
「と言うわけで、着替えたいんだけど」
無駄だとは思いながら、スザクはこう言った。
「今更だろう」
予想通り、と言っていいのか。からかうような声が返ってくる。
「……まぁ、いいけどね」
今更だし、と自分に言い聞かせた。そのまま、パジャマ代わりのティシャツを脱ぎ捨てる。
「朝食は二人分頼むぞ」
「勝手にしてくれ」
ため息とともにスザクはそう言った。