08
いったい、何がきっかけだったのか。
だが、とスザクは心の中で呟く。間違いなく、原因は自分の行動にある。
「……まさか、ルルーシュ達が生まれてこないなんて……」
そんなことになるとは思わなかった。
「だから、慎重にしろ、と言っただろう?」
C.C.がそう言ってくる。
「しかも、その代わりがユーフェミアか。笑うしかないな、ここまで来れば」
彼女はさらに付け加えた。
「……やり直さないと」
どちらにしろ、こんなに大きく変わるのはまずい。だから、とスザクは呟く。
「その前に、ちゃんと何をしたかを記録しておけよ? お前の持つめもだけが頼りなんだ」
C.C.はそう言った。
「わかっている」
そのことは、とスザクは反論する。
「……ならいいが……過去の方が差異が大きくなるようだな」
ため息とともにC.C.はこう呟く。その表情がどこか寂しげに見えるのは錯覚ではないだろう。
「ともかく、だ。今は仕方がない。何とか体制を整えるしかないだろうな」
少なくとも落ち着いて眠れるようになるまでは、と彼女は続けた。
「お前の夢に頼るのは不本意だが……今回ばかりは仕方がない」
「そうだね」
確かに、このままでは何ともならない。最悪、ユーフェミアをはじめとする者達まで命を奪われかねない。
それだけは何があっても避けなければいけない。
「……本当に、何がきっかけになったんだろうね」
思わず、スザクはまたそう呟いてしまう。
「それを調べるのは私たちの義務だ」
それ以上に、現状を何とかするのが先決だ。C.C.はそう言う。
「優先順位を間違えるなよ? ゼロ」
しつこいくらいに、彼女は言葉を重ねてきた。
「……わかっている」
C.C.が自分を『ゼロ』と呼んだ、と言うことはそれだけ状況が厳しいと考えているからだろう。悔しいが、経験だけは絶対に勝てない。
しかし、それをこんな時に発揮してくれなくても。ついついそうぼやきたくなってしまったスザクだった。
おそらく、これが原因ではないか。
そう推測できる事態を発見したのは、やはりC.C.だった。
いや、正確に言えば、スザクにはそれを探っている暇がなかったのだ。だから、彼女に任せることになったのだ。
「おそらく、だが……アッシュフォードが早々に失脚したことだろうな」
血の紋章事件よりも先に、とC.C.は言う。だから、マリアンヌはラウンズのまま皇妃に取り立てられることがなかった。その結果、ルルーシュとナナリーがこの世界に生まれ出ることがなかったのだろう。
「本当に、きっかけはわずかなタイミングだったんだがな」
手のひらにのるような小さな荷物が一つ、彼らの元に届くのが遅れた。
ただそれだけなのだ。
しかし、その原因を作ったのは間違いなく、あのときの《スザク》だ。
「……本当に、どうすればいいんだろう」
最初の頃は見ているしかできなかった過去の世界も、ある程度、自由に動けるようになってきている。それだけに、こういうしかない。
「さらに慎重に物事を進めるしかないだろうな」
とりあえず、と言いながらC.C.は紙の束を差し出してきた。
「何?」
これ、と少し頬を引きつらせながらスザクは問いかけた。
「私が覚えている、あの頃のマリアンヌの状況だ」
スザクもそれなりに知っているだろうが、とC.C.は言い返して来る。
「アッシュフォードや皇室関係は、お前の立場ではわからなかっただろうからな」
何故、お前が知っているのか。そう言いかけてやめる。C.C.とシャルル達が親しい間柄だったと言うことは、今はもうよく知っているのだ。
「ついでに、その前のこともな」
久々にあれこれと昔を振り返った。苦笑とともに彼女はそう付け加える。
「こうしてみると、忘れていることも多い、と改めて実感させられたよ」
些末なことは忘れていた。そう付け加えると、彼女は唇の端を持ち上げる。
「かと思えば、忘れていたと思っていたことを覚えている。人の記憶というのはおもしろいな」
どうでもいいと思っていたことが今となっては大切だと思える。C.C.は苦笑を深めるとそう言った。
「確かに」
この世界にルルーシュがいないからだろうか。彼の言動をはっきりと思い出せる。そのたびに泣きたくなるのはどうしてだろうか、と心の中で呟く。きっと、彼の姿が記憶の中にしかないから、だろう。
「でも、そろそろ、厄介事も片付いたし……ゆっくりと眠れるかな?」
スザクは小さな声でそう呟く。
「そうだな……今度は、失敗するなよ?」
もっとも、その前にその資料を書き写してもらわなければいけないが。C.C.がそう口にしたのは、今回のことの意趣返しなのだろうか。その量を確認して、うんざりとなる。
だが、今回だけは文句も言えない。
「……慎重に行動するよ」
しかし、確約はできない。スザクはため息とともにそう言い返した。
「……今回は、うまく行ったと思ったんだけどな」
ため息とともにスザクは自分の腹部に手を当てる。そこにはぬるりとした感触が広がっていた。致命傷ではないが、かなり深く刺されたらしい。放っておけば、失血死をするだろう。
「まさか、逆ギレのあげく、こんな行動を取ってくれるとはね」
ため息とともにそう呟く。
別にふざけているわけではない。こんなことでも口にしていなければ、今にでも意識を失ってしまいそうなのだ。
「あきれましたよ、扇要首相?」
言葉とともに視線を移動させる。そこには気を失っている転がっている相手の姿があった。
「やっぱり、もっと早くに失脚させておくべきだったかな」
そうすれば、こんなことにはならなかったのではないか。
「まさか、引退勧告でここまで逆ギレするとはね」
引き際を見極めることも政治家にとっては大切な資質なのに、と付け加える。
確かに、最初の頃はよかった。
黒の騎士団の副司令の肩書きだけで支持率を得ることができていたのだ。もちろん、他国とのつながりも、だ。
しかし、いつまでもそれで乗り切れるわけではない。
優秀なブレーンがついていれば、話は変わっただろう。しかし、ルルーシュのことがトラウマになっているのか。彼はすべてを自分で仕切ろうとしていたのだ。
その結果、戦争とまではいかないが、世界の中で日本の立場はかなりまずいところまで追い詰められてしまった。それを打破するには、扇を更迭するしかない。日本国民ですらそれをわかっていた。しかし、ただ一人、扇本人だけがその事実を受け入れられなかったのだ。
どちらにしろ、調停役である自分達に危害を加えた以上、彼に未来はない。
後は彼の身柄を確保して、暫定政府を組織するだけだ。
しかし、そのようなときに体が動かない。
「……視界がかすんできたか」
誰かが来てくれないと、本当にまずいのではないか。仮面の下で、スザクは自嘲の笑みを浮かべる。
「こういうときぐらい、無条件で出てきてくれてもいいんじゃないかな?」
このまま死ぬならば、君に迎えに来て欲しい。ふっと、そんな言葉が思い浮かぶ。
「ルルーシュ」
それとも、いつまで経っても彼が生き残れる世界を作れない自分を恨んでいるのか。
その可能性はあるな、と心の中で呟く。
「どうすれば、君が幸せになれる世界を作れるんだろうね」
こう呟いている間にも、視界が暗くなっていくのがわかった。
ゼロの正体を知られるわけにはいかない。
こうなったら、このまま、自分ごとすべてを消してしまうべきか。ついでに、悪行は扇に背負ってもらえばいいのかもしれない。
そうすれば、自分は楽になれるのだろうか。そんなことまで考える。
「残念だったな」
しかし、だ。そうはうまくいかないらしい。
「迎えに来たのがルルーシュじゃなくて」
もっとも、と言いながら金色の瞳がスザクの顔をのぞき込んでくる。
「お前一人だけ楽にさせてたまるか」
さらに彼女はこう付け加えた。
「だから、安心しろ」
ちゃんと治療をしてやる、とC.C.は付け加えた。それは優しさなのだろうか。
それとも、と考えたところで、スザクの意識は闇の中に吸い込まれてしまった。
それから、何度もスザクはけがをすることになる。
きっとそれは、世界のゆがみが自分にのしかかってきているからではないか。
それとも、都合のいいことを考えている自分に対する戒めか。
どちらにしろ、このままではだめだ。
では、どうすればいいのか。
答えは目の前にある。どうすればいいのか。その方法もおぼろげながらわかっていた。そして、今の自分なら確実に成功させることができるだろうことも、だ。
しかし、それを選択することをまだためらっている自分がいることも、スザクは自覚していた。