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しかし、いつまでたっても『優しい世界』を作るどころか、厄介者達を排除することもできずにいた。
あれから、もう何年もたっているというのに、自分に成り代わろうとしている者は減らない。逆に増えてきているような気がするのは錯覚だろうか。その中にはあの日々をともに手を取り合って切り抜けてきた者達もいる。
それでも、自分が生きていられたのは、間違いなく力を持っていたからだろう。
いや、それだけではない。
兄ほどではないが、自分の身を案じ、手を貸してくれる者達が集まり始めていたからか。
「……そういえば、陛下」
その中の一人、アッシュフォードの現当主・ルーベンが口を開く。
「最近開発させている新型兵器のテストパイロットを選んだのですが、その外見に驚きました」
言葉とともに彼はチェスの駒を動かす。
「驚くとは?」
私的な時間だから、シャルルも気軽に言葉を返した。
「昔、陛下方のおそばにいた黒髪の青年を覚えておいででしょうか。ヴィクトル様のお命を救ってくれたあの方です」
そういえば、ルーベンもまた彼を知っている人間だった。だから静かにうなずいてみせる。
「あの方によく似ておるのですよ。もっとも、こちらのものは女性ですが」
それを抜きにしてもよく似ている、と彼は続けた。その言葉にシャルルは顔を上げる。
「ひょとしたら、あの方の縁者なのかもしれません」
ただ、あのときの内乱で多くの者達が肉親と離ればなれになっている。そのために、自分がどのような家系に産まれたのか知らないものも多い。
いや、あの内乱ほどではないが、今までに何度も似たようなことは繰り返されてきた。
そのせいだろうか、と彼は言葉を重ねる。
「そのものは、自分の肉親を知らないのだそうです」
実力だけで駆け上がってきた、と付け加えられて、ますます興味を引かれた。
「会ってみたいな」
そのものに、とシャルルは口にする。
「もっとも、難しいだろうが」
自分が『女性』に『会いたい』という。それは即座に別の意味に受け取られることになるのだ。
「……本人だけをご希望でしたら難しいでしょう」
しかし、とルーベンは続ける。
「その者は我らが開発中の第三世代のテストパイロットでもあります。陛下がそれらを視察される、と言う名目であれば、何とかなるかと思います」
もっとも、そのためにはアッシュフォードが開発をしている機体だけではなく、他の者達のそれも一堂に集めなければいけないだろうが。でなければ、あらぬ誤解を生むかもしれない。
彼のその言葉はもっともなものだ。
「これから、我が国の主要兵器となるものの開発状況をこの目で確認するのも悪くないだろう」
そうすることで開発陣の士気も上がるのではないか。同時に、周囲の者達もその重要性に気づくと思う。
そうすれば、新たに開発に参入する者達もいるのではないか。
「確かに。それならば誰も疑わないでしょう」
ルーベンはそう言って微笑んだ。
「近いうちにふれを出す」
「かしこまりました」
言葉とともに彼は視線をチェスボードへと戻す。
「楽しみだな」
ひょっとしたら、それが何か変化をもたらすのではないか。そうでなかったとしても彼に似ているというだけで楽しみだ。
そう考えながら、シャルルは己の駒を動かした。
その日は予想よりも早く訪れた。
どうやら、自分だけではなく開発に関わっていない側近達もそれを目にしてみたかったようだ。
それはよい傾向なのだろうか。
それとも、と考えかけてシャルルはやめた。
「……兄さんも来られればよかったのに」
代わりに小さな声でこう呟く。
人混みに紛れていればわからないのではないか、と告げたのだが、彼は静かに首を横に振ってみせるだけだった。
『君の隠し子だと騒がれても困るしね』
そうでなくても自分の顔を覚えているものはまだ多い。だから、と彼は少し寂しげに付け加える。
『でも、そうだね。機会があったら直接顔を見に行くことにするよ』
あの人に似ているというのであれば、確かに会ってみたい。そう言ってV.V.は微笑んだ。
その瞬間、己の胸をよぎった感情は何だったのだろう。そう考えても未だに答えは出ない。
「陛下。どうかなされましたか?」
思わずこぼれ落ちてしまったため息に気がついたのだろうか。最近、己の護衛として取り立てた青年が問いかけてくる。
「心配するな、ビスマルク。少し考え事をしていただけだ」
そう言い返せば、彼はほっとしたような表情を見せた。それは演技とは思えない。
あるいは、よい拾いものををしたのかもしれない、と心の中で呟いたときだ。
「どうやら、始まるようです」
駆動音が響くと同時にビスマルクがこう言ってくる。
それぞれの機体がシャルルの前へと移動してくる。その中でも目を引くのは数機だろうか。
「さて、使い物になるのか」
確かに進歩はしているらしい。だが、それが力にならなければ意味はない。
「お前はどう思う?」
そう問いかける。
「……今のところは何とも……ただ、二機ほど気になる機体がございます」
それが機体の性能によるものなのか、それともパイロットの実力によるものなのか。自分にはまだ判断できかねる。
控えめながらはっきりと彼は口にした。
「そうか」
確かにそうかもしれない。
自分が見に来るこの場だけを乗り越えられれば後はどうにでもなる。そう考えている者達もいるはずだ。
しかし、そんなごまかしが自分に通用すると思っているのだろうか。
「……まぁ、よい。今回は途中経過をこの目で見たいだけだからな」
それに、とシャルルは心の中で呟く。あの人に似ているという女性をこの目で確認したいだけだ。
「さて……説明を聞きながら、動きを見るか」
それを別にしても、どこかわくわくとした気持ちを抑えきれないのは、やはり男としての本能なのだろうか。
「Yes, Your Majesty」
即座にビスマルクが動き出す。
彼がこのまま自分に忠誠心を抱いていてくれるなら、いずれ、彼をナイト・オブ・ワンにしてもいいのではないか。そんなことも考えてしまう。
今、己のナイト・オブ・ワンとなっている男は実力はあるが紐もついている。状況によってはいつ裏切られるかわからない。
そうでなかったとしても、己の夢を叶えるためには味方は一人でも多い方がいい。
「……あれらのパイロットも、使えるようであればいいが」
こう呟いてしまったのも、そのせいだろう。
あるいは、自分は欲深いのかもしれない。そう考えた瞬間、無意識に口元に苦笑が刻まれていた。
機体のでき、と言う点では一長一短がある。それらをまとめられればよりよい機体ができるのかもしれないが、それは難しいだろう。
「こうしてみると、アッシュフォードが作っている機体が一番バランスがよいようだな」
小さな声でそう呟く。
「操縦技術だけで言えば、他にも数名、見所があるか」
その中には、もちろん、アッシュフォードの機体を操縦していたパイロットも含まれている。ルーベンの言葉を信じるなら、それがあの人によく似た人物なのだろう。
「とりあえず、パイロット達を集めるがいい」
近くに控えていたものにそう命じる。
「Yes, Your Majesty」
これならば、彼女一人を呼び出すわけではない。だから、他の者達も何も言わないだろう。特に、一方的に自分に己の娘や何かを押しつけて『后の親族だ』と行っているような者達は、だ。
最初の頃の后達は、その実家の力を自分のものにするためにも必要だと思い娶っていたことは否定しない。それでも、自分にできる限りの誠意を見せてきたつもりだ。
しかし、彼女たちはともかくその実家とそれに連なる者達はそれだけでは不満らしい。
それ以上にやっかいなのは、自分たちも同じような権力を手にしようと娘を押しつけてくる者達だ。そのような者でも下手に拒むわけにはいかない。適当に相手をして後は放置している状態だ。もちろん、自分の役に立ちそうな女性は別だが。
しかし、だ。
いくら女性をあてがわれようと己が必要としているものでなければ意味がない。
今、自分が必要としているのは、夢を共有し、支えてくれる相手だ。
もちろん、
今すぐ出なければ、ビスマルクが自分の手足になってくれるような気がする。
しかし、それは支えてくれるのとは違うのではないか。
こんな自分にも、まだ、誰かにすがりつきたいという気持ちが残っていたのか。そう考えれば苦笑がわき上がってくる。しかし、それを無理矢理押し殺す。
「陛下。皆、そろいましてございます」
まるでそれを待っていたかのように侍従の声が耳に届く。
「そうか」
言葉とともに視線を向ける。
その瞬間、彼はまるで雷に打たれたかのような衝撃を感じた。
「こうして、王様は運命の相手に巡り会った、か」
陳腐な表現だな、とC.C.は笑う。
だが、あの二人が出会うことがすべての始まりだったと言える。
「さて、どうするべきかな」
貴様はどう思う? と問いかけた先には、誰の姿もない。だが、自分の問いかけは間違いなく届いているだろう。彼女はそう確信していた。