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その少女――そう、まさしく少女なのだ――は見かけとは裏腹に優れた騎士だった。
「あの人とは大違いだ」
顔はよく似ているのに、と苦笑とともに付け加える。
彼はどちらかというと自分と同じように運動が苦手だった。何でもないところでよく躓いていたことも覚えている。
それでも、だ。
そんな彼がとても大好きだった。
しかし、とため息をつく。
「……何故、あれのまなざしが脳裏から消えないのだろうな」
彼のまなざしによく似た青い瞳が、と続ける。
いや、理由が思い当たらないわけではない。ただ、それを認めるのに勇気がいる、と言うだけだ。
彼女はまだ十代も半ば。それに対し、自分はすでに四十路を越えている。普通の家系であれば親と子という年齢差ではないか。
そんな彼女に恋をしたなど、誰に言っても笑われるような気がする。
いや、言うだけならばいい。だが、それを耳にした者達がどのような行動に出るか。最悪、あの人のように彼女も失ってしまうかもしれない。
「皇帝になれば、自分の願いは何でも叶う、と信じていたのだが……」
実際には真逆だ。
自分の言動がこの国に少なからず影響を与える。その結果、利益を得るものも命を落とすものもいるのだ。だから、うかつなセリフを口に出すことは許されない。
それだけではない。
行動すら制限されている。
「それでも、兄さんとの約束を……あの人の願った世界を作らなければいけない」
それが自分が肯定になった理由なのだ。
しかし、とシャルルはまたため息をつく。
「……別に、女性としてそばに置かなくてもいいのじゃないかな?」
そのときだ。背後からV.V.の声が響いてくる。
「兄さん?」
「まさか、あそこまでにているとは、僕も思わなかったよ」
かすかな苦笑を浮かべながら、彼が姿を見せた。
「でも、彼女はあの人じゃない」
「……わかっています」
それは、と即座に言い返す。
「だから、君の騎士にすることは誰も文句を言わないんじゃないかな?」
小さな笑いとともにV.V.はそう言う。
「兄さん?」
「君の円卓には、まだ、空席があるだろう?」
「……確かに、ありますが……」
しかし、と言い返そうとした。
「将来有望な騎士を手元に置いておきたい。そう言えばいいだけだよ」
シャルルの治世はまだ続くのだから、と彼は言い切る。だから、いずれ、
「そうかもしれません」
内心ではどう考えていようとも、だ。
下手なことを口にすれば『反逆罪』と受け取られかねない。そうなればどうなるか。彼らでなくてもわかるはずだ。
「何よりも、彼女につながりがあるとすればアッシュフォードだけだ。あの一族が君を裏切ることはないし」
もちろん、ビスマルクも、だ。
そんな人間がもっとシャルルのそばに増えてもいいのではないか。
「僕がずっとそばにいられれば、一番いいのだろうけど……」
それは難しい、と言う言葉を彼は飲み込んだようだ。
「……私も、兄さんがそばにいてくだされば安心できるのですが」
もちろん、難しいこともわかっていた。
「こうして会いに来るだけじゃ不満?」
どこか寂しげな表情とともに彼は問いかけてくる。
「普通なら、もう、兄弟離れをする年齢だよ?」
だが、すぐに冗談めかしてこう言ってきた。
「でも、兄さんは兄さんです」
自分にとっては一番大切な存在だ、と言い返す。
「今のところは、だろう?」
いずれ、自分よりも大切な存在ができる。いや、そうでなければいけない……と彼が言うとは思わなかった。
「兄さん」
「君は人の時間で生きていく。だから、ね」
そばにいて、一緒に年老いてくれる人間を探した方がいい。
「なら、兄さんは?」
「僕のことなら、気にしなくていい。当面は君がいてくれるし、彼女も会える」
彼女は自分と同じ存在だから、とV.V.は微妙な表情とともに口にする。
「それに、あの人との約束だから」
シャルルを守るのは、と言外に続けた。
「あの魔女は絶対に嘘は言わない。教えてくれないことはあってもね」
だから、きっと、またあの人に会える。そのときにどうするかはそのときにならないとわからないが。
「でも、あの人がくれたものだけで、僕は十分に幸せだし……君が幸せなら、それ以上、望むことはないよ」
そして、いずれはシャルルの子供達を守っていく。そんな生活に慣れるだろう。彼はそう言って笑った。
「……ただ、少し怖いけどね」
その表情がすぐに曇る。
「何故ですか?」
「C.C.が言っていただろう? あの人は、本当は僕たちを恨んでいたって」
再会したときに恨まれるような視線を向けられて、平気でいられる? と彼は聞き返してきた。
あの優しかったまなざしではなく冷たい視線を向けられたらどう思うか。そう考えた瞬間、大国の皇帝にはあるまじき恐怖に襲われる。
「……いやです……」
小さな声でこう言い返す。
「だろう?」
でも、安心していいよ……と彼は微笑む。そのときは、自分が恨まれるから……と続けた。
「兄さん?」
「あの人から命を奪ったのは僕だから。恨まれるのも僕だけでいいよ」
自分があのとき、彼の言うことを聞いて《ギアス》を使い続けなければ、暴走などしなかった。暴走しなければ、シャルルを矢面に出さずに済んだ。そうすれば、彼をあそこでしなせずにすんだのではないか。
今でも、後悔の念は消えない。
彼は苦しげに言葉を綴る。
「ですが……だからこそ、私は今、こうして玉座にいます」
「そうだね。でも、罪は罪だよ」
だから、なんとしても償う方法を探さないといけないだろう。そのためにも自分はシャルルのそばにいられないのだ。彼はそう続けた。
「だから、ね。君は自分の盾となってくれる人間を増やして」
男性だとか女性だとか、貴族だとか平民だとかは関係なく、シャルルのことを第一に考えてくれる相手を、と彼は主張する。
「悪いけど、今のナイト・オブ・ワンは信用できない」
それ以上に、彼の背後にいる大公が信用できない。こう告げるV.V.にシャルルはうなずいて見せた。
「わかっています。今、内偵させています」
V.V.から預かった者達は十二分に働いてくれている。そう言って微笑む。
「なら、よかった」
彼もまた、そう言って表情を和らげた。
「でも、新しいラウンズを任命するなら、早めにした方がいい」
少しでも、と彼は主張する。
「本当は、もうしばらく根回しの時間をとろうかと考えていたのですが……兄さんがそうおっしゃるなら、そうしましょう」
いずれはそうするつもりだった。それが少し早まっただけだ。
「そうしてくれると、僕も安心だよ」
いつでもそばにいられるわけではないから、と彼は少しだけ表情を明るくする。
「でも、気をつけてね。僕は君まで失いたくない」
「わかっています。私も、あの人に会えるまでは死ぬわけにはいきませんから」
シャルルの言葉に彼はうなずいた。
そのときだ。室内にノックの音が響く。
「誰か来たようだね」
「そのようです」
タイミングが悪い、と内心で呟きながらもシャルルはうなずいた。
「今日のところは、これで帰るよ」
またね、と告げると同時に彼はきびすを返す。
「兄さん」
「新しいラウンズが決まったときにはまた来るよ」
だが、止める間もあればこそ、と言うのはこのことを言うのだろうか。彼はそう言い残すとカーテンの陰へと姿を消す。そう認識した瞬間にはもう、彼の姿はそこにはない、とシャルルは知っていた。
「やはり、そばにはいてくださらないのですね、兄さん」
仕方がないとわかっていても、どこか寂しい。
「自分で新しい絆を作らないといけないと言うことでしょうか」
やはり、彼の提案を真剣に検討する必要があるだろう。そう考えていたときだ。
「陛下!」
ドアの外から焦ったような声が響いてくる。
「うるさい!」
これでは、ゆっくりと考え事をすることもできないではないか。そのいらだちとともにシャルルは怒鳴り声を上げた。
数日後、新しいラウンズが任命された。そのうちの一人はまだ少女と言っていい年齢である。
「……さて、この後はどうなると思う?」
スザク、とC.C.は唇の動きだけで続けた。
「おそらく、この後もあのときのままに進むだろう」
そして、あの子供が生まれる。
「彼は果たして私たちの知っている《ルルーシュ》に育つのか」
それとも、と彼女は言いかけてやめた。
「愚問だったな」
あの魂の輝きさえ持っていればいいではないか。
それに、と彼女は笑う。
「いざとなったら、育児ぐらいできるからな」
楽しみだ。そう付け加えるとそのまま空を見上げた。