僕の知らない 昨日・今日・明日―間章―

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 マリアンヌと話をしていると楽しい。
「確かに、力では男性に負けるかもしれません。ですが、早さでは負けないつもりですわ」
 肉体的な性差はどうにもならない。しかし、それならばそれを逆手にとってしまえばいいのではないか。そう言って彼女は微笑む。
「彼女の攻撃はかなりえぐいです」
 さらにビスマルクが渋面を深めながらそう言った。
「あら。どこが?」
「気づいていないならかまわない」
 マリアンヌの問いかけにビスマルクはため息とともに言葉を返す。
「私も聞きたいが?」
 笑いながら口を挟めば、彼の渋面はさらに深くなっていく。
「どうした?」
 からかうようにさらに言葉を重ねる。
「……彼女の攻撃は、関節を狙うことが多いのです」
 あるいは目やのど元、と言った鍛えようにも鍛えられない場所を……と彼はため息混じりに言った。
「あら。それでも手加減はしているわよ。股間は狙ってないもの」
「当たり前だろう!」
 男性として死活問題だ、とビスマルクは叫ぶ。
「確かに、な。不埒もの相手ならばともかく、鍛錬でそれはなかろう」
 シャルルでさえ、想像しただけで背筋が寒くなる。
「それだけではありませんが……あまり手の内を見せない方がいいような気がします、今は」
 微妙な表情とともに彼女は呟くように言葉を口にした。
「マリアンヌ?」
「……これ以上は上官への反逆罪と言われかねませんから」
 言外に、ナイト・オブ・ワンに不審を抱いている……と彼女は告げる。
「私の杞憂ならよろしいのですが」
 本当に彼女はあの人に似ている、とシャルルは思う。相手が心の奥底に隠しているものまでも的確に読み取ることができるのか。
「確かに……ここではこれ以上、何も言わぬ方が良さそうですな」
 何かに気づいたのか。ビスマルクが静かな声音でささやいてきた。
 それはどうしてなのか。
 彼に聞き返そうとした瞬間、視界の隅を人影がかすめる。それはこの場所にいるはずのない軍服を身にまとっていた。
「……誰だ?」
 思わずこう呟いてしまう。
「あれは、ルイ大公殿下の親衛隊の軍服かと」
 即座にマリアンヌが言い返してくる。気がつけば、彼女はいつで無御蹴るような体勢をとっていた。もちろん、ビスマルクもだ。
「そこのもの! 陛下の御前に何用があって無断で現れた?」
 そのまま、彼はこう詰問する。
「……ひょっとして、私は余計なことに気がついたか?」
 この二人があのものの存在に気づいていないはずがない。と言うことは、故意に泳がせていたのではないか。
「ご心配なく。そろそろ目障りだと思っておりましたから」
 マリアンヌが微笑みながら言い返してくる。
「もっとも、おとなしく戻ればよし……と考えていたことも事実ですわ」
 シャルルのいる場所を血で汚すわけにはいかないだろう。彼女はそう付け加えた。
「今更、そのようなものでは驚きもせんぞ?」
 あの日々を思えば、とシャルルは笑う。
「わかっておりますが、私がいやなのです」
 そう言って微笑む彼女は本当に彼に似ている。いったい、どのような関係なのだろうか。C.C.にもっと詳しく聞いておけばよかった。
 心の中でそう付け加えたときだ。
「貴様! 何故、返答をせぬ!」
 ビスマルクの怒鳴り声が周囲に響く。
「かまわん。許可をする。捕縛せよ」
 彼が誰の部下であろうと、皇帝である自分の命令であれば二人がとがめられることはない。そう判断しての言葉だ。
「Yes,Your Majesty」
 ビスマルクがうなずくとすぐに行動を開始した。
「申し訳ありません! 新人故、道に迷いました!!」
 だが、ビスマルクが彼を押さえ込む前に男がこう言う。
「陛下の御前とは思わず、なんと申し上げてよいのかわかりませんでした!」
 彼はさらにこう叫ぶ。
「……陛下?」
 どうしますか? と彼が問いかけてくる。
 それにどう答えようか。そう悩んでいれば、カーテンの陰から出ていること物陰を見つける。それが誰のものか、確認しなくてもわかった。そして、何を伝えようとしているのかも、だ。
「かまわん。どこぞへ捨てて来い」
 そのような小物、と続ける。
「かしこまりました」
 何かを察したのか。ビスマルクは即座に言葉を返してくる。そのまま、男の襟首をつかむ。
「それでは、しばしおそばを離れます。マリアンヌ殿がいるから心配はいらぬと思いますが」
 それでも注意してほしい。彼は続ける。
「心配するな」
 それよりも、早々に捨てて来い。そう告げればビスマルクはうなずいてみせる。そのまま男を引きずって部屋から出て行く。
「ちょっとうらやましいですわね」
 マリアンヌがため息とともにこう言った。
「何が、だ?」
「あの腕力が、です。ビスマルク殿と同じくらいの力があれば、陛下を抱えて避難することも可能ですわ」
 そう言って彼女は微笑む。しかし、だ。いくら何でも四十を超えた男がまだ十代半ばの少女に抱きかかえられるというのは、男としてどうなのか。
「……あまりうれしくないの」
 逆ならばともかく、と思わず呟いてしまう。
「あら。お可愛らしいと思いますが?」
 そういう陛下も、と彼女は笑った。
「私は騎士です。どのようなことをしようとも守るべき相手を守りきるのが当然の存在ですもの」
 だから、シャルルを抱きかかえて走れるだけの力がほしい……と彼女は続ける。
「同じように、陛下は国のために何をしても生き残られるべきですわ」
 国が乱れることほど、民にとってつらいことはない。
 言葉は悪いかもしれないが、太陽宮内で何が起こっていても政治が乱れなければ民は気にしない。
 民にとって名君とは、自分達に平穏な暮らしを与えてくれるものだ。
「陛下がそのような国をお作りになろうとされていることは知っております。ですから私は陛下をお守りするのですわ」
 そうでなければ、あるいはラウンズに任命されても拒んだかもしれない。そう続ける。
「はっきりと言いおる」
 自分に向かってここまではっきりとものを言う相手はV.V.やC.C.ぐらいだと思っていた。
「だが、いやだとは思えぬのは、お前の言葉が真実からだろうな」
 確かに、民にしてみればそうだろう。誰が皇帝の座に座ろうと、その近くまで近づけるのはほんの一握りでしかない。だから、その個人には興味がないのだ。
 同時に、どこかあの人の言葉に通じるものがある、と心の中で呟く。
「……だが、それでは皇帝とは寂しい存在だな」
 小さな声ではき出す。
「陛下にはお子様方がおられますわ。それに、私たちもおそばにおります」
 自分では役不足かもしれないが。そう付け加える彼女に苦笑を返す。
「これだけはっきり言っておいてか?」
「臣下として必要だと思いましたから」
 シャルルの言葉におくすることなく彼女は言葉を綴る。
「確かに、ラウンズにはその権利が与えられてるな」
 それを実践に移す者は少ないが。そう言ってシャルルは笑う。
「よい。次にまた何か気づいたことがあれば遠慮なく言うがいい」
「Yes,Your Majesty」
 マリアンヌはそう言って頭を下げる。
「……近いうちに、また、動乱が起きるかもしれん。できれば、ここだけで済ませたいものよ」
 それならば、被害は皇族や貴族だけに限定されるのではないか。
「また、血が流れるか」
 あのときのように、と小さく付け加える。
「陛下?」
「それもまた、ブリタニア皇族の運命なのかもしれぬ」
 しかし、今度は大切な者達の血は見たくない。そのためにはどうすればいいのか。
 そんなことを考えていれば、ビスマルクが戻ってきた。
「とりあえず、あれの後はつけさせております。すぐに報告が回されてくるかと」
「そうか」
 やはり、事前に察知するしかないのだろう。今度V.V.が来たときに協力をしてもらえないか聞いてみよう。シャルルは心の中でそう付け加えていた。

「やはり、嵐は避けられないか」
 もっとも、この嵐がなければあの二人が結ばれることはなかっただろう。
 そして、あの二人が結ばれなければ、彼が生まれることはない。
「痛し痒しだな」
 そうは思わないか? とC.C.は振り向く。
「期待していると裏切られたとき、つらいと思うけど?」
 それにため息とともにスザクが言い返してくる。
「そう言うな。今回は今までとは違う。それはお前も感じているだろう?」
 だから、違う結果が待っているのではないか。彼女はそう口にする。
「……確かに……まだ、彼の気配がここには強く残っているね」
 どうしてだろう、とスザクは考えるように呟く。
「さぁな。結局私もお前も神ではない。わからないことはわからないさ」
 それでも、と彼女は笑う。
「希望を持つことはできる。これも、あいつがくれたものかもしれないな」
 本当に、自分のことは二の次にして周囲のことばかり考える存在だった。それは何度失望しても変わらないらしい。
「……とりあえず、頼まれた情報は何とかしてみるよ」
 言葉とともに彼はきびすを返す。
「わかったことはすべて流す。それでいいんだろう?」
「あぁ。それだけでいい。後はあいつが何とかするだろう」
 この言葉を合図に、彼は歩き出した。それを背中で感じながら、C.C.は小さな笑いを漏らす。
「だから、さっさと戻ってこい」
 ルルーシュ、と彼女は唇の動きだけで付け加えた。



11.09.23 up