僕の知らない 昨日・今日・明日―間章―

6


 マリアンヌに引きずられるようにして姿を見せた相手の外見はあの頃と全く変わっていない。
 もっとも、それを不思議に思うことはとっくにやめていた。
「久しぶりだな、C.C.」
 そう声をかける。その瞬間、彼女は顔をしかめた。
「かわいげがなくなったな、お前」
 そのまま、開口一番、こう言ってくれる。
「あれから何年たっていると思っているのですか? 私はもう、四十代ですからね」
 その年の男にかわいげがあるはずがないだろう、と言い返す。
「わかっているがな。それでも、もう少し、こう、だな」
 縦も横も無駄に大きくなって……と彼女はため息をついた。
「陛下は十分にお可愛らしいと思うけど?」
 それにマリアンヌが反論をしている。しかし、その内容は単純に喜べない。
「お前の父親と同じ年代だぞ?」
 あきれたようにC.C.が言葉を返している。
「あら。いくつになってもかわいいものはかわいいのよ」  それに、とマリアンヌは笑う。
「あなただって『かわいい』と言われるのは好きでしょう?」
 言外に、自分の年齢はいくつだ……と彼女は問いかけた。
「……マリアンヌ。かわいげがなくなったのはお前もだな」
 どこにかわいげを落としてきた、とC.C.はため息をつく。
「まさか、C.C.を言い負かせる人間がいるとは思わなかったな」
 可能性があるとすればあの人だろう。しかし、彼とC.C.の口げんかは見たことがないからわからないが……と心の中で呟いた。
「シャルル。そう言うことを言うと言うことは、昔のあれやこれやをマリアンヌに教えてもかまわない、と言うことだな?」
 目を細めるとC.C.が問いかけてくる。
「別に、今更だろう?」
 マリアンヌならそれも笑い飛ばすのではないか。シャルルはそう言い返す。
「個人的には、是非とも聞きたいけど」
 シャルルの気持ちを考えればやめておいた方がいいだろう。マリアンヌがそう口を挟んでくる。
「そうか。なら、後でだな」
 にやり、と笑いながらC.C.がそう言った。
 本人を目の前にして何を言っているのか。そう思わずにはいられない。だが、マリアンヌならばかまわないか。そう考えている自分がいることにも、もちろんシャルルは気づいていた。
 しかし、と思う。
「C.C.……」
 相手がマリアンヌだからこそ教えてほしくない事実もある。
「安心しろ。お前があいつと引き離されて泣いていた時期のことは、内緒にしておいてやる」
 自分の声の調子で何を言いたいのか気づいたのだろうか。彼女はそう言ってきた。
「せめても情けだ」
 しかし、何かおもしろくはない。
「そう言うことだから、お前もそれについては聞くなよ?」
 男の沽券に関わることだからな、とC.C.は笑っている。
「わかっているわよ、そのくらい」
 自分にだって、とマリアンヌは頬を膨らませた。彼女のそんな表情を初めて見る。
 それは、彼女とC.C.が同性だから、だろうか。
 あるいは、気負わなくていい相手だからかもしれない。
 マリアンヌにとって彼女は自分よりも長いつきあいなのだ。だから仕方がないのかもしれない。だが、おもしろくない。心の中でそう付け加えたときだ。
「それよりも、だ」
 不意に表情を引き締めると、C.C.はまっすぐにシャルルを見つめてくる。
「あいつに言っておけ。嚮団の中にも馬鹿に力を貸しているものがいる、とな」
 管理不行き届きだ、と彼女は続けた。
「それは本当なのか?」
 反射的に聞き返す。
「私が、お前たちに嘘を言ったことがあったか?」
 即座に彼女はそう言う。
「あえて教えなかったことはあるが、嘘だけは言ったことはないつもりだぞ」
 さらに付け加えられた言葉に、シャルルは渋々ながらうなずいて見せた。
「本当に、その毒舌も変わっていない。私に向かってそんな口をたたけるのは、兄さんとお前だけだ」
 それが心地よいと思ってはいけないのだろうが、と続ける。
「仕方があるまい。私は魔女だからな」
 ブリタニアの過去も未来も、見続ける存在だ。
 皇帝よりも深く、この国に関わってきた。
 そう言って、彼女は胸を張る。
「まぁ、その役目はあいつに譲って、もっと他の世界を見てくるか……と思っていたが……こいつを拾ったしな」
 苦笑とともに彼女は視線をマリアンヌに向けた。
「こいつが幸せになるところまでは見届けてやる義務があるだろう」
 お前たちの時のように、と付け加える。
「そのためには、とりあえず協力してやろう」
 シャルルとも知らぬ仲ではないし……と彼女は笑う。
「いい年の男にそこまでサービスしてやる必要はないと思うが」
 そう言われてどのような反応をすればいいのか。シャルルにはすぐにわからなかった。

 だが、C.C.が協力を申し出てくれたのはありがたいことだった。
 本当に彼女の人脈はどうなっているのか。気がつけばあちらの陣容はほぼ特定できていた。
「問題は、それをどうやって切り崩すか、だな」
 複雑な利害関係で結びついている。それを解きほぐすこともできないのではないか。
 一瞬、そんなことを考えてしまう。だが、とすぐに思いなす。
「何としても、止めねばならぬ」
 それが不可能なら、被害は最小限に――太陽宮内で納めなければいけない。
 だが、そのためにはどうすればいいかがわからないのだ。
「……もう少し、私の手足になってくれるものがいれば、あの二人にだけ負担をかけることもないだろうに」
 だが、現実は后どころか我が子も信じられない。
「信じておったものも、ことごとく裏切りおる」
 本当に自分の味方と言えるのは一握りだけだ。
 彼らだけは何としても守りたい。だが、現状では難しいところか不可能ではないか。
「皇帝とは名ばかりだな」
「それでもお前が皇帝だろう、シャルル」
 ため息をついた瞬間、C.C.の声が耳に届く。
「そうだね。君が皇帝だ。それも、望んで就いたんだろう?」
 さらにV.V.の声も後に続いた。
「兄さん……それに、C.C.も」
 ある意味、この二人がセットで来るのは珍しい。そう思いながら視線を向けた。
「とりあえず、こちらの馬鹿はあぶり出しが終わった。もう二度と、嚮団から情報が漏れることはあるまい」
 まだ、自分の魅力が通用したか……とC.C.は笑う。
「あなたが作った組織だ。僕に嚮主の座を譲ったとは言え、あなたに心酔している者達も多い」
 おかげで、自分が苦労していたこともあっさりと終わったが……とV.V.が続けた。
「仕方があるまい。何年、あそこに縛り付けられていたと思っている?」
 そもそも、自分をしたって集まった者達の子孫だ。年期が違う、と彼女は言い返す。
「それでも、お前のことは皆、認めているぞ」
 安心しろ、と彼女は付け加えた。
「まぁ、あと十年ぐらいすれば、文句を言いつつもお前に従うだろう」
 それはほめられているのだろうか。そんなことを考えながら、シャルルはV.V.を見つめる。
「とりあえず、問題は君の方だよ。大丈夫なの?」
 話題を変えるかのように彼は問いかけてきた。
「わかりません。アッシュフォードやヴァインベルグも内密に動いてくれてはいますが、ルイがどのような条件を出しているのか、それすらもつかめておりません」
 不本意だが、とシャルルは言う。
「連中も学習している、と言うことだ」
 前の内乱の時に、とC.C.が言った。
「そうだね。分断して、疑心暗鬼になるような情報を流したんだった」
 それもあの人が教えてくれた方法だと言っていい。
「あちらも、それを覚えていたと言うことか」
 では、どうするか……とシャルルはため息をつく。
「後残っている選択肢は二つだな。こちらから仕掛けるか、あちらから仕掛けてくるのを待つかの」
 どちらにしても戦いは避けられまい。C.C.は顔をしかめると言葉を口にした。
「できれば、それだけは避けたかったのだが、な」
 不可能である以上、被害を最低限に抑えるしかない。それが可能なのか、とシャルルは考え始める。
「とりあえず、暗殺にだけは気をつけろよ?」
「わかっている」
 C.C.の言葉にシャルルは静かにうなずいた。

 だが、先にじれたのは相手側の方だった。



11.10.07 up