僕の知らない 昨日・今日・明日―間章―

7


 とっさに太陽宮を閉鎖したから、だろうか。争乱は宮殿内に収まっている。だが、時間の問題だろう。
「ルーベン。我が子と后達を頼む」
 愛してはいない。だが、情はある。だから、できれば生き延びてほしい。
 そう考えて、シャルルは命じる。
「Yes, Your Majesty」
 ルーベンはそう言って頭を下げた。
「よいな? お前は彼らを守ることだけに専念しろ」
 そうすることで彼は中立の立場を保つことができるだろう。
「陛下!」
「心配はいらぬ。私にはビスマルクとマリアンヌが付いておる。そして、余計な係累を持たぬ軍人達もな」
 さらに、V.V.が嚮団の者達を動かしてくれている。
「そうだぞ、ルーベン。こいつのことは心配するな」
 苦笑ともにC.C.が姿を見せた。
「これのそばには私がいる。だから、心配するな」
 笑いながら、こう言う。
「それよりも、後顧の憂いをなくしてくれた方が、こいつが専念できるぞ?」
 この言葉に、ルーベンは小さくうなずく。
「必ずや、殿下方をお守りして見せましょう」
 ヴァインベルグと協力をすれば何とかなるのではないか。
「任せる
 そう告げる彼に、シャルルは一言、こう言い返した。この言葉に、ルーベンは深く頭を下げる。そのまま、指示されたことを実行するために出て行く。
「さて……マリアンヌとあの男で、どれだけの人間を斬れるかな?」
 彼の姿がドアの向こうに消えたところで、C.C.が呟いた。
「さぁ、な。しかし、まさか残りのラウンズがすべて、あちらに付いていたとは思わなかった」
 いくらあの二人でも、あれだけの人数を相手に勝てるだろうか。特にマリアンヌは女性だ。実力は互角でも体力的にはどうだろう……と心の中で付け加える。
「マリアンヌはあれにも師事していたからな。一対一なら大丈夫だろう」
 後はV.V.が早急に首謀者を捕まえればいい。彼女はそう言う。
「大丈夫。お前が負けるはずがない。それよりも、その後のことを考えておけ」
 新たな后妃のことでも、と言われて胡乱な視線を向ける。
「何が言いたい?」
「全く……女心がわからない無粋なやつだな、お前は」
 あきれた、と言うように彼女はため息をつく。
「本当に、あいつもこんなじじいを選ばなくてもいいだろうに」
 もっと若い連中が自ら下僕志願にやってくるというのに、と付け加える。
「……まさか……」
 一瞬、心の中にある可能性が浮かび上がってきた。だが、それをすぐに受け入れることはできない。
 何よりも、とシャルルは口を開く。
「そのじじいとは私のことか?」
 確かに見た目だけであればC.C.の父親、と言ってもおかしくはないかもしれない。だが、実年齢では、彼女の十分の一も生きていないはずだ。
「お前以外の誰がいる?」
 即座にこう言い返される。
「あなたにだけは言われたくありません」
 必死に怒りを抑え込みながら反論の言葉を口にした。
「仕方がないだろう。現実問題として、三十近くも離れている相手はじじいだろう?」
 違うのか、と彼女は言う。
「……やはり、マリアンヌのことですか」
 ここまで言われればわからないはずがな。だが、別の誰かという可能性がないわけではない。それに、ここで間違えたら笑い話にもならないだろう。
「最初からあいつのことを話していたつもりだが?」
 だから腰抜けと言われるんだ、お前は……とC.C.はため息をつく。
「それを撤回してほしければ、これから踏ん張るんだな」
 でなければ、一生無粋で腰抜け、と言ってやろう。彼女はそう続ける。
「そう言うわけだから、下がっていろ」
 言葉とともに彼女は剣を抜く。
「C.C.?」
「できれば奥に隠れていろと言いたいところだが、無理だろうからな」
 とりあえず、取りこぼしは自力で何とかしろ。この言葉とともに彼女は駆け出す。
「わかりました」
 シャルルにはこう言い返すのが精一杯だった。

 気がついたときには、そばには誰もいない。
「切り離されたか」
 あるいは、これが狙いだったのかもしれない……とシャルルは思う。
 もっとも、自分が今いるのは、一般の兵士が知らない場所だ。ラウンズならば知っているだろうが、と考えたところで自嘲の笑みが浮かんでくる。
 自分の味方と言えるラウンズはマリアンヌとビスマルクのみ。ナイト・オブ・ワンの称号を与えた男も、今は敵だ。
「ここに来るのは、誰だろうな」
 先に来たものがどちらの陣営に属しているかで、自分の命運は変わるだろう。
「それもまた運命か」
 元はと言えば、あのときに彼がいてくれたからこそ自分達は命をつなぐことができた。しかも、彼は本当は自分達を憎んでいたらしいのに、だ。
「今、ここで死ねば、あなたに恨まれずにすむのでしょうか」
 思わずこんなセリフを口にしてしまう。
 もちろん、それに対する答えはない。
「しかし、今、私が死ねばこの国は乱れる……そうなれば、困るのは民です」
 だから、と付け加えたときだ。誰かの手がそっと髪をなでてくれたような感触が伝わってくる。
「L.L.?」
 反射的に周囲を見回す。もちろん、ここに彼がいるはずがない。だが、今のが錯覚だとは思いたくないのだ。
「まだ、生きていてもいいのですね」
 そう呟く。
 ならば、もう少し生きることをがんばってみようか。そして、自分にできる優しい世界を作ってみよう。
 そう続けたときだ。
 不意にドアが開く。
 いったい、誰が来たのか。そう思いながら視線を向けた。
 純白の騎士服に身を包んだ小柄な人影が確認できる。
「マリアンヌ?」
 その背に流れている黒髪からそう判断した。しかし、だ。いつもはきっちりと結い上げられている髪はすべて背中へと流れ、しかも、その腕を朱に染めている。
「ご無事で、陛下」
 彼の呼びかけに、ほっとしたように彼女は言葉を返してきた。
「御前を汚して申し訳ありません」
 こう言うとともに、彼女は跪く。
「……よい。私を守るためであろう?」
 この距離がもどかしい。C.C.にあんなことを聞いたからなおさらだ。
「しかし、お前に傷を負わせるものがいたとは、な」
「さすがは、ナイト・オブ・ワンと申し上げるべきでしょうか」
 それで相手が誰かがわかった。
「命の代償としては大きいのか……」
 それとも小さいのか。どちらだろう。
 だが、彼女が帝国最強の騎士ナイト・オブ・ワンを打ち負かしたことだけは事実だ。
「……なすべきことをしたまでですわ、陛下」
 ふっとマリアンヌは微笑む。その鮮やかさにシャルルは目を奪われる。
「……今度は、我が隣でその剣を振るってみるか?」
 そのせいだろうか。無意識のうちにこんな言葉を口にしてしまったのは。
「陛下?」
 何を、とマリアンヌが目を丸くしている。
「我が后として」
 さらに付け加えた言葉に、彼女の瞳がさらに大きく見開いた。
「……陛下……」
「このくらいのわがまま、今ならばかまわぬであろう」
 家柄だのなんだのではなく、己の好いた相手に后妃の座を与えることぐらい、と続ける。
「ありがたく、お受けいたします」
 そう告げた彼女の表情に迷いはなかった。

「全く……あの腰抜けには気をもませられたな」
 ワイングラスを手に窓枠に腰を下ろしながら、C.C.は呟く。
「だが、これでお膳立ては整った……後は、望む結果が得られるかどうかだな」
 果たして、お前は帰ってきてくれるのか……と口の中だけで付け加える。
「だめだったとしても、そのときはそのときだ。時間は無限にあるからな、まだ」
 だから、つきあってやるさ。そう言うと、手にしていたグラスを目の前にかざす。月の光に照らされて輝くそれは、どこか見覚えがある色をしていた。



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