僕の知らない 昨日・今日・明日―間章―

8


 二人が結ばれた翌年には、マリアンヌの胎内には新しい命が宿っていた。
「……男の子だと思う? それとも、女の子かな?」
 その事実を一番喜んだのは、何故かV.V.だった。
「どちらでもかまわないだろう」
 果物に手を伸ばしながらC.C.が言い返す。
「そんなことはないよ。そうだろう、シャルル」
 自分一人では彼女に勝てないと判断したのか。V.V.が問いかけてくる。
「どちらでもいいですよ。健康な子であれば」
 男だとか女だとか、別にどうでもいい。
 それよりも、マリアンヌとその子を亡き者にしようとしている者達の方がうっとうしい、と思う。
「馬鹿は適当に処分しているが……お前はもう少し母親の自覚を持て」
 全く、とC.C.の怒りの矛先を向けられたのはマリアンヌだ。
「自分で片付ける方が確実なんですもの」
「わかっているが……その分、負担は腹の中の子に行くんだぞ?」
 そのせいで万が一のことになったらどうする、と彼女は言う。
「大丈夫よ。どうやら、私に似て強い子みたい」
 医師の診断でも太鼓判を押されている、と彼女は微笑む。
「たまたま、だろう」
 これからもそうだとは限らない。C.C.はそう言った。
「お前と同じようなセリフを口にしていたが結局は、と言う例を私はいくつも見てきたからな」
 だから、と言われればどちらに味方をするか言うまでもないだろう。
「……マリアンヌ……」
 彼女の名を呼びながら視線を向ける。
「仕方がありませんわ。馬鹿が減らないんですもの」
 それに、と彼女は続けた。
「お医者様には運動が必要だと言われているわよ?」
 彼女はそう反論をする。
「普通の女性の普通の運動だろう? それも、本当にかなり制限がかけられているんだぞ?」
 そもそも、医師が相談している《運動》は十分程度の散歩だ。騎士としての訓練ではない、とC.C.は言う。
「そうなの?」
 真顔でマリアンヌが聞き返す。
「そうだ。だから、少しはおとなしくしていろ!」
 頼むから、とC.C.が珍しく下手に出ている。
「子供が不幸になるのは、あまり好きじゃないからな」
 生まれる前から不幸な未来が決まってしまうのはごめんだ、と口にしたセリフが彼女の本音なのだろうか。
「マリアンヌ。私からも頼む」
 男でも女でもかまわない。無事に元気な子を産んでくれ。シャルルはそう口にしながら、彼女の手を握りしめた。
「……シャルル」
 それに彼女は驚いたような表情を作る。
「他の后妃方のお言葉だと、あなたは子供に興味がないのだと思っていたわ」
 他人からすればそう見えるのだろうか。別にそう考えているわけではないのだが、とシャルルは思う。
「シャルルの好意はわかりにくいからね」
 苦笑とともにV.V.がそう言った。
「本当は、どの子もかわいいと思っているんだよね、シャルルは。でも、下手にそんなことを口にすると後が面倒だから、だろう?」
 さらに彼はこう続ける。
「要するに、嫁はかわいくないが、子供はかわいいと言うことか」
 C.C.がテーブルに肘をつくとこう問いかけてきた。
「……あえて答える必要があるのか?」
 ため息混じりにシャルルは口を開く。
「私とマリアンヌの血を引く子供だからこそ、無事に生まれてほしい。そう思うのはいけないことか?」
 逆にそう聞き返す。
「だそうだぞ、マリアンヌ。よかったな」
 笑いながらC.C.がそう言った。
「ひょっとして、からかわれているのか、私は」
 彼女に、と思わず呟いてしまう。
「何を言っている。私は真剣に、マリアンヌと腹の中の子を心配しているぞ」
 心外だ、とC.C.が言った。
「でも、シャルルで遊んでいるんでしょう?」
「否定はしない」
 V.V.の言葉にC.C.は笑う。
「何せ、馬鹿が多くてな」
 鬱憤がたまっているんだ、と彼女はさわやかな口調でつげる。
「その分、しっかりと報復をしているくせに」
 ぼそっとマリアンヌが呟く。
「あれは当然の権利だからな」
 憂さ晴らしにもならない。C.C.はきっぱりと言い切る。
「第一、こいつにはお前と同じ頃に出産する后妃がいるだろう?」
 マリアンヌの親代わりとしてはイヤミの一つ二つ、言っても許されると思うが……とも付け加えてくれた。
「その上、新しい后妃も娶ったそうだしな」
 確かに、そうなのだが……だが、あれは仕方がないことだ。そうでなければ、マリアンヌの身柄がさらに危険になりかねなかったのだ。
「まぁ、今回だけは君が悪いね」
 理由は理解しているけど、タイミングが悪かったね……とV.V.が言う。
「兄さんまで……」
 まさか、彼までもが味方してくれないとは思わなかった。
「わかっているわ、シャルル。だから、気にしてないでしょう?」
 ただ一人、マリアンヌだけはこう言ってくれる。
「……マリアンヌ……」
「だから、この子が生まれたら、真っ先に会いに来てね?」
 しかし、彼女はしっかりと己の願いを押しつけてくれた。
「でなければ、二度とここには入れてあげないわ」
 実力行使をしても、と続ける彼女の表情はあくまでも本気だ。そう言われて受け入れないわけにはいかない。これも惚れた弱みなのか。そう思いながらもシャルルはうなずいて見せた。

 それは、その年最後の月。その初めての満月の日のことだった。
「シャルル」
 呼びかけとともにV.V.が姿を見せた。
「多分だけど……明日の朝までには産まれるって」
 だから、仕事は早めに終わらせて体を空けておくように。彼はそう付け加える。
「本当ですか?」
 反射的に聞き返す。
「C.C.がそう言っていたよ」
 陣痛が来ているらしい、と彼はうなずく。
「先ほど、嚮団から医師を行かせたし」
 アッシュフォードがつけてくれた医師を信頼していないわけではない。だが、今までのことを考えれば、万が一のことも否定できないから、と彼は顔をしかめた。
「確かに、そうです」
 否定できない、とシャルルもうなずく。
「しかし、どうして兄さんがそこまでマリアンヌと生まれてくる子にこだわりを持っているのですか?」
 基本的に、自分の子供達のことを嫌ってはいないらしい。しかし、ここまで親身になったことはなかった。
「確かに、C.C.がそばに付いていますが……」
 さらにこう付け加える。
「予感、かな」
 V.V.が小さな声でそう呟く。
「何というか……あの人にまた会えそうな気がするんだ。あの子が無事に生まれてきたら」
 あくまでも予感だけどね、と彼は続けた。
「そう、ですか」
 何故、彼がいきなりそう言いだしたのかはわからない。でも、とシャルルは思う。
「兄さんがそう思われたのなら、そうなるのでしょう」
 あるいは、C.C.もそう考えているのではないだろうか。
「だといいけどね」
 こう言ってV.V.は微笑む。
「そうなりますよ、きっと」
 自分もそうなってほしい、と願っているから……と言外に告げた。

 翌朝、朝日が夜のとばりを切り開く頃、マリアンヌは一人の男の子を産んだ。



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