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僕らの逃避行

03


 ルルーシュの印象も鮮やかだったが、それ以上に挙列だったのは彼女の母親だった。
 ルルーシュによく似た美人なのだが、その立ち振る舞いは軍人のそれだと言っていい。しかも、スザクにもわかるくらい実力差がある。いや、ありすぎると言うべきだろうか。
 一目会ったときから観察されているとわかった。
「初めまして、スザク君。よろしくね」
 それでも邪険にされないだけマシなのだろうか。
「枢木スザクです。しばらくお世話になります」
 そう言って頭を下げれば相手はころころと笑いを漏らす。
「マリアンヌよ。よろしくね、スザク君。と言っても、私は朝晩ぐらいしかここにはいないけど」
 そう言いながら彼女は近づいてくる。
 次の瞬間、スザクは思い切りしゃがんだ。先ほどまで彼の頭があったところをなにかが通り過ぎていく。
「母さん!」
「なかなか、いい反射神経ね」
 ルルーシュの怒鳴り声に重なってマリアンヌの笑い声が周囲に響いた。その手には鞘に入ったままの剣が握られている。
「私の初手をかわせる人間はそういないわよ」
 つまり、今頭の上を通り過ぎていったのは彼女が握っているそれなのだろう。
「そう言う問題ではありません」
 ルルーシュがそう言って彼女をにらみつける。
「手加減はしたわよ。たぶん、当たっても骨折ぐらいじゃないかしら」
 それで手加減したというのですか。スザクはそう問いかけたい。
「あの人が私に預けるくらいだもの。それなりの実力を持っていたと思っていたけど、予想以上ね」
 しかし、マリアンヌにはマリアンヌなりの思惑があったらしい。
「藤堂もなかなか楽しませてくれるけど、それ以上だわ」
 それはいったいどういう意味なのか。説明を求めるようにスザクはルルーシュへと視線を向ける。
「母さんはそう見えても現役の騎士だから……有望な人材を見つけると育てたくなるんだそうです」
 ごめんなさい、と彼女は付け加えた。
「ルルーシュが謝ることじゃないだろう? それに、実力を認めてもらえるのは嬉しいし」
 もっとも、初対面の相手にこんなことをするとは思わなかったが。
「……いつまで経っても自分の興味優先だから。おかげで、謝罪スキルが上がったけど」
 それは母親に対するイヤミなのだろうか。
「いいじゃない。母さんにだって自分の趣味を優先する権利はあります」
 それは夫と仕事に関することだけだ。それ以外はルルーシュたちを優先しているだろう。マリアンヌはそう言う。
「スザク君のことはあの人から頼まれたから引き受けたわ。でも、それに少しだけ自分の楽しみを見いだしてもかまわないでしょう?」
 朝の鍛錬だけだから、と口にしながらマリアンヌは視線をスザクへと向けてきた。
「付き合ってくれるわよね?」
 その視線は『No』というのを拒んでいる。
「師匠も一緒なら」
 こうなれば一蓮托生とばかりに藤堂を巻き込むことにした。
「いいわよ」
 マリアンヌはあっさりと頷く。
「じゃ、後は任せたわ、ルルーシュ。バカがバカをやったそうだから、〆に行ってこないといけないの」
 何を考えているのかしら、と彼女は続けた。
「また、ですか?」
「えぇ、またよ」
「学習能力がないのですか、その人達は」
「あったら、同じことを繰り返さないわよね」
 馬よりも始末に負えない、とマリアンヌは言う。
「と言うことで、しっかりとたたき込んでくるわ」
 言葉とともに彼女は優しそうな手つきでルルーシュの頭をなでた。
「スザク君に藤堂。では、夕食の時にね」
 今度はスザクの方に歩み寄ってくると、彼女は同じように彼の頭をなでる。
「多少やんちゃしてもいいわよ。形があるものはいつか壊れるものだし」
 しかし、このセリフは何なのだろうか。その真意を問いかけるよりも先に、彼女は黒髪をゆらしながら玄関を出て行く。
「驚いた?」
 マリアンヌの姿が見えなくなったのを見計らってルルーシュがこう問いかけてくる。
「強烈だけど……でも、元気だし優しそうだからいいんじゃないかな?」
 何があってもルルーシュたちを守ってくれる人だろう? と付け加える。
「それだけは間違いないですね」
 ルルーシュはそう言って微笑む。
「スザクさんのお母様はどのような方なのですか?」
 話の流れから彼女はこう問いかけてきた。
「……ごめん、知らない」
 生まれてすぐに死んだから、とスザクは呟くように口にする。
「それは……知らなかったとは言え、無神経な質問をしてすまなかった」
「気にしなくていいよ。結婚前から『子供を産むのは無理だ』って言われてたみたいだし。俺の誕生日と母さんの命日は別の日だから」
 意地で半年は生きたと桐原が教えてくれた。だから、お宮参りの写真も残っている。
「写真と手紙だけしか残ってないけど、俺が生まれるのを楽しみにしてくれたことは知ってる。だから、それで十分だよ」
 そう告げれば、ルルーシュは困ったような表情を作った。
「俺のことはどうでもいいけど……妹さんは紹介してくれないの?」
 挨拶したいんだけど、と口にする。
「あぁ……そうだった」
 あの子も楽しみにしているし、とルルーシュは何とか言葉を綴った。
「こちらです」
 言葉とともにルルーシュは階段を上がっていく。
「一応、朝にれんらくをしておいたので大丈夫だと思いますが……体調次第なので」
「それはわかってるから」
 謝らないでよ、とスザクは先に言っておく。
「ありがとう」
 謝罪の言葉の代わりに彼女はこう言って微笑んだ。
「あぁ。そうだ。妹は日本語はまだ苦手だから。それだけは覚悟しておいてくれ」
 その言葉にスザクはあれっと思う。そういえば、自分はブリタニア語を話していたつもりはない。と言うことは、彼女達が日本語を話してくれていた、と言うことだ。
「……今気がついたのか、君は」
 ため息とともに藤堂が言葉を投げつけてくる。
「あまりに自然だったからです」
 スザクはそう言い返す。
「日本にいるときのように普通に会話できていましたから」
 ブリタニア人がここまで日本語は上手だとは思わなかった。そう付け加える。
「それは否定しないが」
 藤堂もそれは認めないわけにはいかなかったらしい。あっさりと頷いてみせる。
「好きで覚えたので気にしないでください。母さんは日本で暮らしていたことがあるそうですし」
 だから、二人を引き受けたのだろう。ルルーシュはそう言いながらも二階の廊下を進んでいく。そして、一番奥の部屋の前で足を止めた。
「ナナリー? 私です。入ってもかまわない?」
 ドアをノックすると、中にいる人物にそう声をかける。
『はい、お姉様』
 即座に中から言葉が返ってきた。それもやはり日本語だ。だが、ルルーシュたちのそれに比べるとどこかたどたどしい。同時に、中からドアが開かれる。
「日本からのお客様を案内してきたから」
 微笑みながらルルーシュが部屋の中へと足を踏み入れた。スザクもその後についていく。
「初めまして。枢木スザクです。これからしばらくの間だけど、よろしく」
 そして、今度は自分から自己紹介をする。
「初めまして、スザクさん。ナナリーです」
 淡い金茶の髪をした少女がそう言って微笑んだ。その容姿はルルーシュにはあまり似ていない。だが、彼女の微笑みはルルーシュやマリアンヌのそれそっくりだ。
 父親に似たんだろうな、と思いながらスザクは笑みを深めて見せた。



13.10.25 up
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