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僕らの逃避行

04


 自分に与えられた部屋について、スザクはようやくほっとする。それでも足りなくて、開け放たれていたドアをくぐって寝室へと移動した。
 適当に今まで身につけていたよそ行きの服を脱ぐと身軽になる。そのまま、ベッドへと飛び込む。
「なんて言うか……疲れた」
 体力的にではなく精神的に、だ。
「女性ばっかりだし、ここ。でも、マリアンヌさんは強そうだったな」
 はっきり言って、彼女の相手をできる自信が全くない。一本とれるどころか、構えただけで動けないのではないか。
「……ルルーシュも強いのかな?」
 マリアンヌの娘だから、と付け加える。
「せっかくかわいいのに、鬼のように強いのはちょっといやかも」
 そんな女の子は神楽耶だけで十分だ。
「でも、俺より弱ければいいか」
 そう考えて口元が緩む。
「それよりも、せっかくブリタニアに来たのに、会話ができないまま帰るのはまずいよな」
 ルルーシュたちが日本語を話せるからと言って、とすぐに呟く。
「ブリタニア語も使ってもらえるように頼んでみようかな」
 ナナリーが日本語を練習しているなら日本語を使うべきなのかもしれない。だから、一日中ではなく時間を決めてやるべきなのだろうか。
 どちらにしろ、ルルーシュに相談しないといけないか、と結論を出す。
「それにしても……なにをしていればいいのかな?」
 今日はゆっくりしていていいと言われたけど、とため息をつく。
「庭ぐらいなら、出てもいいんだよな?」
 それとも、藤堂の部屋に押しかけてみようか、と続ける。
「その前に、部屋の探検がお約束か」
 疲れもとれてきたし、と言うと同時にスザクは立ち上がった。
「どこに何があるか確認しておくのは当然だよな」
 客間と言いつつ、リビングと寝室と二部屋もある。まだ開けていないドアがあるから他にもいろいろあるのだろう。
 旅館やホテルだってここまですごくはない。
 そんなことを考えながら、まずは寝室にあるドアを開けた。
「……風呂とトイレか」
 さすがにユニットバスのようだが、この方が使い方がわかっていいか。それに、風呂の時間を気にしなくていい。
「シャワーだけだときれいなった気がしないしな」
 これは日本人としては当然の主張だろう。
 そんなことを考えながら、その隣にあったドアを開けた。
「ひょっとして、ここはクローゼットか?」
 二畳ぐらいの大きさががあるのに、と壁に取り付けられたハンガーを掛けるためのパイプを見ながら呟く。しかも、よく見ればもう一つ扉がついていた。開けてみれば、バスルームに続いている。
「すごい」
 何か、忍者屋敷みたいだ。
「他にもあるのかな」
 わくわくした気持ちのまま、今度はリビングへと移動する。
 そちらにもいくつかドアがあった。そのうちの一つは、ここに案内してもらったときにくぐったドアだから、廊下に繋がっている。もう一つが寝室に繋がっていたものだ。
 ベランダに続いているドアは、とりあえず除外してもいいだろう。
 そうなれば、残されたドアはあと一つ。
 まっすぐにそこの前に向かうとドアを開けた。
「うわっ。小さいけどキッチンだ!」
 こんなものまでついているのか。
「これなら、お湯が沸かせる」
 やった、と付け加えた。
「お湯が沸かせれば、お茶だけじゃなく、日本から持ち込んだカップラーメンや味噌汁も食える!」
 いざというときの心の友が、とスザクは笑う。
「そのようなことをなさらなくても、一言言っていただければ日本食をご用意させていただきます」
 その時だ。いきなり背後から声がかけられた。
「……誰?」
 気配に気づかなかったなんて、と思いながら視線を向ける。
「スザク様の専属メイドを拝命いたしました篠原咲世子と申します。同じ日本人の方が気が楽だろうとルルーシュさまがおっしゃいましたので」
 彼女はそう言う。
「日本人?」
「はい。マリアンヌ様に拾っていただきました」
 咲世子の言葉にスザクは目を少しだけ細める。
 いったい何故、と思う。だが、それを聞いてはいけないという直感に近い考えが脳裏に浮かぶ。そして、それにしたがった方がいいのだと言うことも経験から知っていた。
「そうなんだ。じゃぁ、ルルーシュたちの日本語の先生って、咲世子さん?」
 代わりにこう問いかける。
「教師などとはおこがましいのですが、日本語の会話のお手伝いをさせていただいております」
 彼女はそう言って微笑む。
「そうなんだ……なら、俺のブリタニア語の練習にも付き合ってもらえる?」
 と言っても、自分は簡単な会話しかできないが。
「かしこまりました」
 お任せください、と彼女は言う。
「わからないときには遠慮なくお聞きくださいませ」
「お願いします」
 教えてくれるという人には素直に頭を下げる。それも藤堂にたたき込まれたことの一つだ。
『当然のことですから』
 次の瞬間、咲世子の口から出たのはブリタニア語だった。
『この早さでしたならば聞き取ることができますでしょうか?』
『何とか』
 返す言葉がほとんど単語の羅列というのは恥ずかしいのではないか。そうは思うが、今はこれで精一杯なのだから仕方がない。
『かしこまりました。できるだけわかりやすい言葉を使わせていただきます』
 自分も通ってきた道だから、と咲世子は日本語でささやいてくる。
『ありがとうございます』
 これならば、少しは会話ができるようになるだろう。
『それで、何か用事でもあったのですか?』
 ここに来たのは、と言外に付け加える。
『ルルーシュさまがお茶をご一緒にとのことですが、いかがなさいますか?』
 話しができる機会を逃すのはもったいない。
『まず、着替えます。それから行きます。いいですか?』
 だが、この格好ではまずいのではないか。そう考えて問いかける。
『そうですね。できれば、襟のあるシャツを身につけてください』
『わかりました』
 このくらいの会話なら何とかなるか。しかし、まだまだだよな。そう思いながらスザクはスーツケースへと向かう。
『よろしければ、お茶をされている間にクローゼットの方にしまわせていただきますが』
 咲世子がこう言ってくる。
『お願いします』
 さすがに、毎回、部屋に衣服を広げてしまうのは面倒だ。あそこなら探しやすいに決まっている。そう考えてこう口にした。
『では、準備をお急ぎください』
 にこやかな咲世子に促されるまま、スザクは着替えを始める。
 しかし、こんなに襟付きのシャツがいるなら、もう何枚か送ってもらわないとまずいかもしれない。普段はTシャツばかりだし、荷物もそう言うものが多いから。あるいは、買いに行くかだ。
 そのあたりは藤堂に相談してみよう。
 襟元のボタンを留めながらそう考えていた。



13.11.01 up
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