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僕らの逃避行

05


「運動? それならば、裏庭の芝生の部分を使ってくれていい。母さんもあそこでやっている」
 そのために何もない場所を作ったのだとか。ルルーシュはそう言ってくれた。
「ルルーシュはやらないの?」
 そうならば、その時間はさけるべきか。それとも一緒にやるべきか。わからないから問いかけた。
「いや……ナナリーは母さんと一緒にやっていたんだが、私は父上に似たみたいで運動は苦手なんだ。かろうじて、乗馬ぐらいかな?」
「乗馬だけでもすごいじゃん。俺、馬に嫌われるから近寄れないし」
 やってみたいとは思っていたのだが、そもそも、日本では乗馬ができる場所は限られている。馬の数もそうだ。俺のことを乗せてくれる馬を探すだけも一苦労だろう。
「嫌われる? そうは思えないけど……」
 ルルーシュは首をかしげながらそう言った。
「本当だよ。動物一般、嫌われるから。猫なんて、一度もなつかれたことはない」
 犬はまだ訓練次第で何とかなるんだけど、と苦笑とともに続ける。
「ここにいる馬は母さんでも大丈夫だから心配はいらないと思うが……いざとなれば、軍の牧場までいけばいい。あそこになら一頭ぐらいいるだろう」
 微笑みながらルルーシュが言う。
「そうすれば、一緒にできることが増える」
 普段の運動はつきあえないが、と続けた。
「できればいいよな」
 自分につきあってくれる馬はいるのだろうか。本気でそう考える。
 犬のように生まれたときから世話をしていれば話は違うのかもしれないが。しかし、日本に自宅で馬を飼える環境を持っているところの方が少ないだろう。
「厩舎に行ってみる?」
 ルルーシュがこう提案してきた。
「行ってみたい!」
 自分を乗せてくれる馬はいないかもしれない。それでも、馬は見ているだけでもいいのだ。
「わかった。でも、その前にお茶を飲んでください」
 おいしく入れられたと思う。そう続けられて、カップの中身を口に含む。
 日本茶とは違った香りが口の中いっぱいに広がる。
 紅茶は飲み慣れないからおいしいのかどうかはわからない。でも、いやではないと思う。
「うまいね」
 自分にとっては、と心の中で付け加える。それでもルルーシュは嬉しそうに微笑んでくれた。
「気に入ってもらえて嬉しい」
 そう言う彼女はやっぱりかわいい。本当に同じ人間なのだろうか、とすら思う。
「ナナリーも一緒に行ければいいのにな」
 どうせなら、とスザクは呟く。
「もう少し時間が経てば大丈夫なのだけど、今はまだ無理だ。残念だが」
 ルルーシュはそう言ってくる。
「そうなんだ。ごめん」
「気にしなくていい。あの子のことを考えてくれたんだろう?」
 彼女はそう言って笑みを深めた。
「何なら、座ってできる日本の遊びでも教えてあげて」
 そう言われて、スザクは首をかしげる。
「……あやとりかおりがみぐらいかな。他の遊びだと道具がいるから」
 神楽耶に付き合わされた経験から女の子の遊びもそれなりに知っていた。だが、おはじきや双六などは道具がなければ難しい。カルタも、だ。
 そうなると、この二つぐらいではないだろうか。
「十分だ」
 ルルーシュはすぐにこう言ってくれた。
「ナナリーの体調とスザクの都合をすりあわせて、適当なときにかまってやってくれ」
「わかった」
 その時はナナリーを優先すべきだろうな、とスザクは心の中だけで呟く。
 そのまま手にしていたカップをまた口に運ぶ。
「あの子も喜ぶな」
 ルルーシュも優雅な所作で喉を潤していた。

 目の前に広がっている馬場は、下手をしたら枢木神社の敷地――山を含む――と同じくらいの広さがあるのではないか。
 今更ながら、ブリタニアの貴族というのはすごいものだ、と思う。
 それとも、ルルーシュたちが特別なのか。
 ただの貴族ではないのかもしれない。
 しかし、それを誰も自分に教えようとしないのは、知らなくていいからなのか。
 後で藤堂に確認してみよう。スザクはそう心の中で呟く。
 それよりも今は馬だ。
「あの白馬、きれいだな」
 素直にそう告げる。
「呼ぼうか?」
 即座にルルーシュが聞き返してきた。
「ルルーシュの馬?」
「えぇ。去年の誕生日にもらった仔なんだ」
 そう言うと同時にルルーシュはその馬の名を呼んだ。それが聞こえたのだろう。馬はまっすぐに駆け寄ってくる。
 しかし、5メートルぐらい手前で足を止めた。
「……どうしたんだ?」
 そう言いながらルルーシュは首をかしげる。
「やっぱり俺がいるからか?」
 スザクはため息とともにこう言った。ある意味、見慣れた光景だからだ。
「見たことがない人間だからか」
 馬はそこまで警戒心が強かったか、とルルーシュは呟く。
「大丈夫だ。彼は怖くないぞ」
 だが、すぐに笑みを浮かべると馬にこう声をかけていた。
「ほら、おいで」
 さらに呼びかければ、白馬は近づいてくる。
「いい子だな、ブランカ」
 そのまま差し出されていたルルーシュの手に鼻先を押しつけてきた。
「スザク。君も触ってみてよ」
 ルルーシュの言葉にスザクはおそるおそる手を伸ばす。ひょっとしたらかみつかれるかもしれない。そんな考えが脳裏をよぎる。
 だが、ここで怖がってはルルーシュにあきれられるかもしれない。
 男は度胸だ。
 そう自分に言い聞かせるとスザクはできるだけ静かに手を伸ばす。
 次の瞬間、何か生暖かい風が指先をかすめる。
 何だろう。そう思っていれば、しめたものが手のひらに押し当てられた。
「……何?」
「スザクが気に入ったんだよ」
 小さな笑いとともにルルーシュがこう言ってくる。
「ルルーシュがいるから、じゃないかな?」
 主人を信じているからこうして付き合ってくれるのではないか、とスザクは続けた。
「そうかな」
「そうだよ」
 ルルーシュの問いかけにすぐにそう言い返す。
「でも、うらやましいな」
 ここまで信用されているとは、と言外に付け加える。
「でも、この子がスザクに気を許しているんだ。他にも相性が良さそうな子はいそうだ。とりあえず世話係のものに相談してみないか?」
 この提案はとても魅力的だ。
「お願いします」
「当然のことだから、気にしなくていい」
 それよりも早く行こう、とルルーシュは続ける。
「ほら」
 そう言いながら彼女は手を出してきた。その手をスザクはしっかりと握りしめる。
「スザクには黒か鹿毛が似合いそうね」
「でも、蘆毛もいいよな」
 期待と不安を抱きしめながら、スザクはルルーシュとともに歩き出した。



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