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僕らの逃避行

08


 追っ手に追いつかれることなく二人は目的地であるクロヴィスの離宮へとたどり着いた。
 しかし、だ。
「……兄さん、何なんですか、これは」
 目の前の光景にルルーシュの機嫌が一気に急降下した。だが、それは当然だとスザクも思う。
 先についていたらしいナナリーが庭で優雅にお茶を楽しんでいたのだ。もっとも、その顔色はあまりよくない。
「お茶をしていたのだよ。本当は中で、と言ったのだがね。ナナリーがここで君たちを待つと言い張ったのでね」
 できるだけ体に負担をかけないようにしたつもりだ。クロヴィスはそう続ける。
「お姉様とスザクさんも一緒にお茶にしましょう? ここは安全です」
 ナナリーがそう言って微笑む。
「そうだよ、ルルーシュ。ここにはエニアグラム卿もいるからね」
 クロヴィスがさらにこう告げた。
「それと、彼も紹介してもらわないといけないだろう?」
 視線をスザクに向けると彼はこう言う。
「陛下からお聞きはしていたが……本当だとは思わなかったよ」
 さらに意味ありげなセリフを続けられた。
「兄さん……彼はヴィ家うちで預かった客人です」
 ルルーシュがまるで毛を逆立てた子猫のようなそぶりでそう言い返す。
「わかっているよ。ただ、君たちが予想以上に仲よさそうだったのでね。シュナイゼル兄上の洞察が正しかったのかと思っただけだよ」
 別に他意はない。慌てた様子でクロヴィスがそう口にする。そんな彼にルルーシュとナナリーが冷たい視線を向けていた。あれは怖いかも、とスザクは心の中だけで付け加える。
「それで、本音は?」
 ルルーシュが低い声でこう問いかけた。
「本音とは、何かな?」
 クロヴィスがそう言いながら視線を彷徨わせ始める。
「母さんがいろいろと聞いてきていますが?」
 ルルーシュはそう言ってクロヴィスをにらみつけた。
「今回のこともそうですよね? 兄さん達の誰かの計画でしょう?」
 さっさと白状してください、と彼女は詰め寄っていく。
 よく、美人は怒ると夜叉になると言うけど、あれって嘘じゃないんだ。
 ルルーシュの様子を見てスザクはそう考える。
「ってことは、マリアンヌさんが怒るともっと怖いってことか」
 思わずこう呟いてしまった。
「お母様が怒られますと、離宮の一つぐらいは破壊されます」
 そばにいたナナリーがこう教えてくれる。
「やっぱり?」
「はい」
 嬉しそうに教えてくれるが、いいのだろうか。
「と言うことは、マリアンヌさんが本気で怒れば……」
「クロヴィスお兄様の離宮は大修繕されることになります」
 しかも、その間、マリアンヌの元で軍事訓練付きで、とナナリーは付け加えた。
「俺なら嬉しいけど、他の人ってあれに耐えられるの?」
「無理だろう」
 こちらの話に耳を傾けていたクロヴィスの反応がおもしろかったのか。ルルーシュが加わってくる。
 確かにそうだろうな。スザクはそう心の中で呟く。自然の叫びに恐れおののいて耳を塞いでいるので有名な絵画に描かれているのと同じポーズを彼は取っているのだ。
「あれに耐えられたのはコゥ姉上だけだ。そして、姉上は現在、軍人として身を立てておられる」
 それも有能な、と彼女は続けた。
「……ブリタニアの魔女?」
 皇族でしかも将軍と言えば第二皇女だったはず。そして、そのあだ名がこれだ。
「知っていたか」
 ルルーシュがそう聞き返してくる。
「彼女のことは父さんや藤堂さんが話をしていたからね。もっとも、ルルーシュたちのことはさっきまでただの貴族だと思ってたけど」
 うちの父親がブリタニアの皇族とつながりがあるなんて考えたことは微塵もない。そう付け加える。
「何故、気がついたんだ?」
 ルルーシュが即座に問いかけてきた。
だって『Yes.Your Highness』って呼びかけられるのは皇族だけだろう?」
 あれがなければ、館から出ない自分は気づかなかっただろう。スザクはそう考えている。
「気づいたと言えば、さ。あいつらって本当に俺たちを狙っていたわけ?」
 微妙に引っかかっているんだけど、と続けた。
「……実は、私もそこが引っかかっている」
 そう言いながらルルーシュをクロヴィスへを向ける。
「スザクもこう言っています。早々に白状してください」
 そうでないと、と彼女は笑みを深めた。もっとも、瞳は全く笑っていないが。
「でないと、母さんに頼んで立ち入り禁止にしてもらいますよ」
「……そうですね。私も嘘をつく方は嫌いです」
 ルルーシュの言葉にナナリーも同意をする。
 まるでそれを待っていたかのように誰かがこちらに近づいてくる気配がした。問題なのは、自分ではそれが誰かわからないことだよな、とスザクは思う。ここでなら心配はいらないのかもしれない。それでも万が一のことを考えていつでも動けるようにしておく。
「二人とも、それだけはやめておくれ!」
 それに気づいていないのか。クロヴィスがそう叫ぶ。
「そうだね。クロヴィスだけの責任ではないから、あまりいじめないでやってくれないかな?」
 苦笑混じりの声が周囲に響く。
「シュナイゼル兄上……」
 その人物に向かってルルーシュが呼びかける。それに小さく頷くとシュナイゼルはスザクを見つめてきた。
『初めまして、スザク君。シュナイゼル・エル・ブリタニアです』
 きれいな笑みとともに彼はそう言ってくる。しかも、日本語で、だ。ただし、彼の視線はスザクを値踏みしているようにしか見えない。
「枢木スザクです。ルルーシュたちにはお世話になっています」
 その視線が気に入らなくて、スザクはブリタニア語で言い返した。
「……ふむ。礼儀はしっかりとしているようだね」
 だからと言って、皇族に媚びるわけでもない。ブリタニア人でないからなのか、とシュナイゼルは呟いている。
「兄上? スザクがどうかしましたか?」
 そんな彼の様子が気に障ったのか。ルルーシュの機嫌が目に見えて急降下している。
「シュナイゼルお兄様……スザクさんは親切で礼儀正しい方です。あまり変なことは言わないでください」
 さらにナナリーも抗議の声を上げた。
「あぁ、すまない。彼を馬鹿にしているつもりはなかったのだよ。ただ、マリアンヌ様があまりにも彼をほめるものでね。陛下がご機嫌斜めだ、と言うだけだ」
 その結果が今回のことだ、と彼は続ける。
「父上が?」
「そう。ルルーシュのそばに置いても安全かどうか。それを確認させろとね」
 ついでにアリエスの使用人達の対処能力がどうなっているのか。それを確認しただけだ。シュナイゼルがそう言葉を重ねた。
「他の離宮でも同じようなことはするからね。怒らないでくれないかな?」
 ルルーシュが文句を言う前にと彼はスザクに向けたのとは違う柔らかな笑みで告げる。
「要するに、抜き打ちの避難訓練のようなものか」
 シュナイゼルを無視してスザクはそう言う。
「避難訓練?」
「そう。何かあったときに慌てないですむように、学校なんかで事前に練習しておくんだよ」
 ルルーシュの言葉にスザクはそう説明する。
「とっさには動けなくても、することがわかっていれば生き残れる可能性が高いだろう?」
「なるほど」
「日本は地震が多いからさ。昔からやってたみたいだよ。後は消火訓練とかかな? 慌てないためにも練習は必要だって言うことなんだろうな」
 多分、とスザクは言う。
「おもしろいな。こちらでも取り入れられるかどうか、考えてみよう」
 ルルーシュはそう言って微笑む。
「そう言う話はおもしろいね」
 きれいに無視されているのが気に入らなかったのか。それでも余裕がありそうな口調でシュナイゼルが口を挟んできた。
「しかし、今回のことが訓練だったなら、アリエスに戻ってもかまわないと」
「それならば、ルルーシュとナナリーで馬に乗りなよ。俺は一緒に歩いて行くから」
「楽しそうですね」
 ナナリーもこう言って話に加わってくる。
「それならばナナリーともおしゃべりできるしな」
「確かに。そうするか」
 言葉とともにルルーシュは視線を咲世子へと向けた。
「そういうことで帰りましょう、咲世子さん」
 ルルーシュはナナリーのそばに控えている彼女へと声をかける。
「はい」
 では、と咲世子はナナリーの体を抱き上げた。
「ルルーシュ?」
「お二人とも、当面、アリエスには立ち入り禁止ですから。父上には面会禁止と伝えさせていただきます」  では、とルルーシュは言う。それを合図にスザク達は元来た道を帰ることになった。



14.01.27 up
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