僕らの逃避行
10
マリアンヌが急な呼び出しで出かけたのはそれからすぐのことだ。
「簡単に言えば、父上のわがままだな」
彼女の姿がなくなったところで、ルルーシュがため息とともにこう教えてくれる。
「はぁ?」
意味がわからない、とスザクは呟く。
「父上の立場だと、お前に興味を持ったとしても簡単に会えない。もっとも、公的には、だ」
アリエスまで足を運んでくれば話は別だ。ルルーシュはそう続けた。
「父上は、お前と公的な場で話をし、つながりがあると示したいのだろう」
ついでに実力を見せつければ、誰も何も言わなくなる。自分達と一緒にいても、だ。
「だから、遠慮はするな」
相手が誰だろうと、と彼女は笑う。
「もちろんだよ。そんなことをする方が失礼だろう?」
スザクは真顔でそう言い返す。
「そう言うところも母さんが気に入っているんだろうな」
そんなスザクの言葉にルルーシュは笑みを深める。
「もちろん、私もだ」
一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。
「ルルーシュ?」
もう一度、と言いかけたとき、スザクはようやく彼女の言葉の内容を理解した。
「今のセリフ……」
同時に、これだけを口から絞り出す。
「迷惑だったか?」
不安そうな表情で彼女はこう問いかけてきた。添えにスザクは首を激しく横に振ることで意志を伝える。
「スザク」
「ものすごく嬉しい」
これだけは本当だから、とスザクは笑い返した。
「でも、ルルーシュからそう言ってもらえると思ってなかったからさ。一瞬、脳みそが真っ白になった」
うれしさで、と付け加える。
「大げさだろう?」
「でも、本当だぞ」
ルルーシュに『好き』と言われるのはものすごく嬉しい。スザクはそう告げた。
「これでますますやる気出た」
そう言って笑う。
「そうか? なら、がんばって上位に食い込んで見せて」
「もちろん」
狙うのは優勝だ、とスザクは心の中だけで付け加えていた。
当日は盛況だった。
きっと、皇帝陛下やマリアンヌさんが参列しているのが原因だろう。
ルルーシュたちもいるけど、彼女達は人目につかない場所にいる。何でも、成人前の皇族はあまり顔を出さないのだとか。
暗殺とかの心配があるからか?
可能性はあるな、と心の中で呟く。
「確かに、ルルーシュやナナリーが狙われるのはいやだな」
マリアンヌに関して言えば、相手の方がかわいそうだ。
咲世子の話ではテロリストもそれがわかっているから直接彼女には手を出さないらしい。
そう言うところもいやだな、とスザクは思う。
「俺がそばにいれば、いつでもルルーシュを守れるんだろうけど……それは無理だし」
自分に出来ることは、と考えれば、やはりここで優勝して彼女には強い味方がいるのだと知らしめることだろうか。
それならば、今の自分でも十分可能だ。
そんなことを考えていたせいだろうか。スザクはあっさりと決勝まで勝ち進むことが出来た。
しかし、だ。
自分と同じくらいの年齢に見える目の前の相手は今までの連中とは違う。
『お前、強いな』
今までのプライドだけの連中とは雲泥の差だ。
『そう言ってもらえるのは嬉しいな』
彼はそう言って笑う。
『そう言う君も強いよね』
その言葉にスザクは笑い返す。
『だから、遠慮しなくてもいいよな?』
『当然』
言葉とともに彼は剣の柄に手をかける。スザクも刀の柄を握りしめた。そのまま、腰を落とす。
それが試合開始の合図だった。
実力はほぼ互角。いや、純粋な剣技だけならば彼の方が上かもしれない。
しかし、体力はスザクの方が上だった。そして、危機察知能力も、である。それもこれも、マリアンヌにたたき込まれたものである。
今回ばかりはそれに感謝したくなった。
すでに一時間近くやり合っているからだろう。相手の集中が一瞬切れた。それを見逃すことなく、スザクは踏み込む。
『それまで』
相手の手から剣がはじき飛ばされたのを見て、審判役の女性がそう声を上げる。
その言葉にスザクは刀を鞘に収めると最初に立っていた位置へと移動する。
『ありがとうございました』
頭を下げたのは剣道のときのくせだ。それに相手は少し驚いたような表情を作っている。
『楽しかったよな?』
だが、スザクがこう問いかければ彼はしっかりと頷いて見せた。
『また、いずれ再戦させていただきたい』
彼はそう言ってくる。
『そうだな。機会があればやろう』
スザクはそう言って笑い返した。
『枢木スザク、見事であった』
シャルルは王座からそう告げる。
『我が国の騎士にも劣らぬその技量、確かに確認させてもらった』
この言葉にスザクは素直に頭を下げた。
それにしてもこんな籍は苦手だ。それでもルルーシュたちとこれからも付き合うためには仕方がない。そう考えてなけなしの忍耐力を振り絞っている。
『それにより、お主を我が娘ルルーシュの守護者として認める』
いったい守護者とは何なのか。ブリタニアの慣習に疎い自分にはわからない。
だが、後でルルーシュが説明してくれるだろう。
『謹んで承ります』
今重要なのは、自分の存在がシャルルによって認められたという事実だ。
『古よりの約定が、これで果たされた。二人の行方に幸いあれ。オール・ハイル・ブリタニア!』
『オール・ハイル・ブリタニア!』
この言葉にどう反応をすればいいのか。スザクは目を丸くしながらもそう考える。
そんな彼にマリアンヌが歩み寄ってきた。
微笑みながらスザクに手を差し出して来る。どうやらその手を取れと言うことらしい。だから、スザクも手を出しだした。
「そのまま、指先にキスしてちょうだい」
マリアンヌはこう言ってくる。
「本当はルルーシュの役目なんだけど、あの子はまだ表に出られないから、私で我慢してね」
「マリアンヌさんなら文句はありません」
「あら、それは嬉しいわね」
ならよろしく。そう言われて、スザクは素直に言われたとおりに彼女の指先にキスをする。こルルーシュやナナリー相手に練習しておいてよかった、と心の中で呟く。
『これで今回の武道会は終了だ。皆、よく戦った』
この言葉に、スザクは小さく安堵のため息をついた。
「守護者というのは、まぁ、騎士みたいなものよ」
マリアンヌがそう言って微笑む。
「もっとも、その役目に就けるのはあくまでも枢木の血を引くものだけ。初代皇帝の母君のそばに枢木の関係者がいたから、と言うのがその理由よ」
もっとも、とマリアンヌは続ける。
「枢木と皇はいろいろとあってかなり複雑な血縁関係になっているわね。もちろん、ブリタニア皇族もよ」
「母さん、それは……」
初めて聞かされたのか。ルルーシュが目を丸くしながら彼女に問いかけた。
「私の母の祖先に皇の姫がいたのは事実。問題なのは、その息子、私の祖先の兄ね。その人が《狂王》と呼ばれた存在だったことよ」
その彼はブリタニアで大規模な粛正を行った。それを悪とするものは彼を排除した。それは当然の流れだろう。
だから、マリアンヌの祖先は身を隠したのか。スザクは納得をする。
「もっとも、枢木のものと対面するように、と言うのはそれよりも古い決まりだから。それでシャルルもあなたのお父様と会ったそうよ」
ただ、ゲンブとシャルルでは年齢が違いすぎた。その子供達――ルルーシュたちの兄姉とも、だ。
だから、彼は《守護者》として選ばれなかったのだ。
「まぁ、それだけじゃないけど。それに関してはそのうちね」
意味ありげな笑みとともにマリアンヌは言葉を重ねる。
「とりあえず、スザク君に関してはルルーシュにいつ連絡を入れてくれてもかまわないし、ブリタニアに来たときには、アリエスにフリーパスで入れるから」
また来てね。その言葉にルルーシュはしっかりと頷いて見せた。
14.03.03 up