僕らの逃避行
17
さすがに空を移動するのは早い。三十分ほどで目的地に着いた。
「やっとルルーシュの安全を確保できる」
スザクはほっとしたようにそう告げる。
「お前にかけていた負担をなくせただけでもいいな」
ルルーシュもそう言って頷いて見せた。
「ここにはジノも他の者達もいるし」
「そうだね。戦闘は専門家に任せるよ」
さすがに、もう二度と生身で敵のナイトメアフレームと対峙したくない。心の中だけでそう付け加える。
「それがいいだろう。あぁ。本国に連絡を入れないと、母さんが何をしでかしてくれるかわからない」
ルルーシュのこの言葉にスザクも頬を引きつらせながら頷く。
「付き合ってくれるよね?」
「もちろん」
ルルーシュの言葉に頷いたときだ。
「その前に、だ」
がしっと肩をつかまれる。
「ちょっと確認をしてもいいかな?」
そのままジノが背後からスザクの顔を覗き込んできた。
「何かな?」
顔、近すぎ……と心の中で呟きながら聞き返す。
「生身で何と戦ったって?」
「戦ってないよ。罠を作って転ばしただけ」
あれには腕がなかったから、とスザクは付け加えた。
「なんて言うか、移動砲台? そんな感じ」
その説明にジノが少し考え込むような表情を作る。
「多分それは、EUが開発した最初期の機体だと思うぞ」
やがて彼はため息とともにそう告げた。
「そんなものを一人でどうしたんだ?」
「落とし穴を作ったら勝手に転んでくれたんだよ。オートバイだけでよかったのに」
とりあえず、自分は悪くないと主張しておく。
「そう言う問題か?」
即座にジノが言い返して来た。
「そう言う問題だよ。そういうことにしておいてくれるといろいろと嬉しいんだけど」
似たようなのを日本でも開発しているとか教えるわけにはいかないのだ。
「うちの父は首相じゃなくなったけど、まだ国会議員だし」
そう付け加えれば、ジノは小さくため息をつく。
「お互い、しがらみが多いと言うことか」
「ルルーシュほどじゃないけどね」
「あの方は別格だ。周囲の人間が私達と違いすぎる」
「特にマリアンヌさんか」
「否定は出来ない」
「私自身は普通の人間だと思っているんだがな」
不意にルルーシュの声が割って入ってくる。
「……いや、それは君がそう思っているだけだから」
即座にスザクは反論してしまう。
「普通は家事スキルが上級レベルの皇女様はいないから」
神楽耶ですら掃除洗濯は自分以下だ。そう続ける。
「……それは……」
とたんにルルーシュの視線が彷徨い出す。
「マリアンヌさんの教育方針は、やっぱりどこかずれているから」
だめ押しとばかりに言葉を重ねれば、彼女は小さなため息をつく。
「母さんは平民出身だからな」
「というよりは、自分が出来ないことを身につけさせただけだと思うけど?」
一家に一人いると便利だよね、ルルーシュ。そう言ってスザクは笑う。
「……確かに……」
ジノも大きく頷いて見せた。
「でも、今は一番必要としているであろう人に返してあげないと」
ナナリーだろうか、とスザクは呟く。他にもマリアンヌやシャルル、それに彼女のきょうだい達も考えられる。指折り数えながらそう付け加えればルルーシュは微妙な表情を作った。
「母さんとナナリーでいいな、今は」
誰かを除外したかったのか。ルルーシュはそう言い返してくる。
「じゃ、連絡を取らないとね。それとも、ここの指揮官に挨拶の方が先?」
自分からすれば、挨拶の方が先なような気がする。しかし、ルルーシュの身分ではどちらの方が優先なのか判断できかねた。
「そうだな……ジノ。マンフレディ卿はどこにおいでだ?」
まずは挨拶と決めたのか。ルルーシュがそう問いかけている。
「多分、広間だと……」
それにジノがこう言い返した。
「ならば、案内を頼む。スザクも付き合って」
「うん」
それは当然だろう。そう考えて、スザクはすぐに首を縦に振って見せた。
「それには及びません」
しかし、背後からこんな声がかけられる。慌てて視線を向ければ、自分達の倍ぐらいはあるのではないか、と思わせる体格の男性が立っていた。
その顔に見覚えがあるような気がするのは錯覚ではないだろう。
「久しぶりですね、マンフレディ」
ルルーシュがそう言って微笑む。それは完璧な皇女としての表情だ。
「ご無事で何よりです、殿下」
差し出した彼女の指先にマンフレディがそっと口づける。
「私の守護者は優秀だから」
微笑みに柔らかな色を加えるとルルーシュはそう言い返す。
「それは七年前から知っておりますよ」
マンフレディはそう言いながら立ち上がった。
「とりあえず、部屋を用意しております。そちらからブリタニア本国へも連絡が出来ます」
「手数をかけたか?」
首をかしげながらルルーシュが聞き返す。
「マリアンヌ様に乗り込んでこられるよりはマシでしょう」
それに対する返答に、ルルーシュだけではなくスザクも苦笑を浮かべるしかない。
「母さんにお前がそう言っていたと伝えておこう」
「……それはおやめいただきたい。さすがに、現状で指揮官が戦線を長期離脱するわけにはいきません」
真顔でマンフレディが言い返して来る。
「せっかく《ハンニバルの亡霊》の正体もわかったのです。対策を取らなくては」
「ハンニバルの亡霊?」
ルルーシュが眉根を寄せながら呟く。
「我々の作戦をことごとく邪魔してくれた連中です。気がつけば背後にいるという。もっとも、その方法がわかった以上、こちらも対策を取りますが」
おそらく自分達が目撃したあの光景がかかわっているのだろう。
しかし、そのためにどのような輸送手段を使っているのか。
「ロイドさんが怖い」
スザクはこっそりとそうはき出していた。
14.06.06 up