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僕らの逃避行

20


「それは脇に置いておいて、ですねぇ」
 立ち直りが早いというのは美徳なのだろうか。
 いや、ロイドの場合、忘却したといった方が正しいのかもしれない。
 ある意味、うらやましい特技だな、とも思う。
「ランスロットをスザク君特化にしたいんですけど、いいですよねぇ?」
 彼はそう言ってルルーシュの許可を求める。
「……お前な」
「ちなみに、これがあの腹黒宰相閣下の許可書です」
 言葉とともに彼は一枚の紙をポケットから取り出した。しかし、それを見た瞬間、誰もがあきれたような視線を向ける。
「ずいぶんとしわくちゃだな」
 その表情のままルルーシュが事実を指摘した。
「それって、大切な書類なんじゃないですか?」
 スザクはスザクで確認の言葉を口にする。
「……大事なのかなぁ。だめになったら、またもらいに行けばいいだけだし」
 そうロイドが口にしたときだ。
「それは不許可だと言われているでしょう!」
 言葉とともにセシルが彼の後頭部をファイルの角で殴りつける。あれは痛いよな、とスザクは心の中で呟いた。
 でも、あんなにぽんぽんぶん殴って大丈夫なのだろうか。
「ロイドの学習能力が壊れているのは、あれのせいじゃないか?」
 どうやら同じことを考えていたらしいルルーシュがこう問いかけてくる。
「元々抜けやすかった部分の頭のねじが吹っ飛んでいるんだろうね」
 それでもナイトメアフレームに関してだけは忘れないのはすごい執念だと思う。
「まぁ、かまわないだろう。セシル。ロイドが起きたら許可を出してやれ」
 ただし、と彼女は続ける。
「脱出装置をつけろ。いいな」
 早急に、とルルーシュはロイドの襟首をつかみながら言った。
「いやで〜す」
 即座にロイドがこう言い返してくる。
「だめですよ。パーツは本体を捨てて逃げたりしないんです」
「ならば、スザクのことは全て却下だ。母さんに連絡を取って他の所の機体を用意させる」
 きっぱりとした声音でルルーシュはそう告げた。
「ルルーシュさまぁ?」
「スザクを失うわけにはいかないからな。どこにいようとスザクなら脱出さえ出来れば自力で帰ってくるだろうが……脱出できなければ無理だ」
 これは信頼されていると考えていいのだろうか。それとも、とスザクは悩む。
「第一、お前のこだわりのせいでスザクに万が一のことがあれば、私はもちろん、母さんやナナリーもお前を恨むぞ」
 生きているのが辛いと思うようなことをしてやろう、とそう言ってルルーシュは嗤う。
「……それ以前に、予算がなくなったりして」
 スザクはスザクでロイドが一番いやがるであろうセリフを言ってみる。
「シュナイゼル殿下なら、無条件でおやりになるでしょうね。ついでに、アスプルンド家お取りつぶし?」
 さらにセシルがそう追い打ちをかけた。
「……それは、いや……」
 その瞬間、ロイドはそう叫ぶ。
 いったいどれがいやなのかとは確認しない。
「なら、早急に改修しておけ」
 いいな、とルルーシュが念を押すように口にする。それにロイドは壊れたおもちゃのように何度も首を縦に振って見せた。

 そろそろジノが戻ってくるのではないか。
 セシルの言葉の裏に別の意味が隠されているような気がしたのは錯覚ではないだろう。
 しかし、それを突っ込んではいけない。
 二人はそう判断すると、ロイド達が使っている研究室を後にしたのだ。
「ルルーシュって、やっぱりマリアンヌさんの子供だよね」
 歩いている最中に先ほどのことを思い出して、スザクはそう口にする。
「ロイドさんですらびびってたし」
「そうだったか?」
 本人に自覚はなかったのだろうか。彼女は首をかしげながらそう聞き返してきた。
「うん。ものすごくかっこよかった」
 微笑みとともにそう告げればルルーシュも笑みを浮かべる。
「よくわからないが、お前にそう言ってもらえるのは嬉しい」
「……そう言うところがルルーシュだよね」
 スザクはさらに笑みを深めるとそう告げた。
「一緒にいると刺激的だよ」
 そう付け加えれば、少しだけルルーシュの眉間にしわが寄る。
「ルルーシュ? 跡がついちゃうよ?」
 そう言いながらスザクは彼女の額をそっとなでた。
「お前、今、誰と比べた?」
 その手を払いのけながら、ルルーシュが問いかけてくる。
「神楽耶に蹴散らされた日本のさる財団のご令嬢」
 強引にダブルデートに持ち込まれそうになったのだが、目の前でひったくりが起きてくれた――と言っては語弊があるかもしれない――おかげで中断させることが出来たのだが。
 しかし、問題はその後だった。
 尊厳を傷つけられたというのは何なのか。目の前で起きた犯罪を見過ごしてちやほやされるような存在なのか、と神楽耶が彼女にけんかを売ったのだ。それを真正面から買おうとしたその令嬢ほど、彼女の両親は無謀ではなかったらしい。
 ついでに、と続ける。
「あのときほど、父さんの政治力を頼もしいと思ったことはないかも」
 そう言って、彼は苦笑を浮かべた。
「桐原のじいさんに頼まれたから付き合ったけど、退屈だったんだよね。彼女の話って、全く興味のないことばかりだったし」
 自分に女性のスキンケアの話をしてどうするつもりだったのか。スザクはそうも続ける。
「……無謀だな」
 少し考えた後で、ルルーシュもこう言って頷く。
「だろう? まぁ、神楽耶が彼女を嫌っているから、二度と近づいてこないと思うけど」
 それに、婚約の話も正式なものになるのだ。どこにブリタニアの皇女と張り合おうとするものがいるだろうか。
 いるかもしれないな、とスザクは心の中だけで付け加える。もっとも、こちらが相手にするかどうかは別問題だろうが。
「それならば大丈夫か」
「だと思うよ」
「となれば、当面の厄介事を片付けるだけだな」
「それがものすごく面倒な気がする」
 特にロイドの暴走を止めることが、とため息とともに告げる。
「まぁ、大丈夫だろう」
 何とかするさ、と微笑むルルーシュは、やはりマリアンヌによく似ていた。



14.07.19 up
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