僕らの逃避行
21
与えられた部屋――と言っても3LDKのマンションよりも広い――であれこれと話し合っていたときだ。ジノが戻って来た。
「ご苦労だったな」
ルルーシュがそう言いながら視線だけで椅子に座るように促す。
「失礼します」
さすがに隙のない所作で彼は腰を下ろした。
「どうだった?」
それを確認して、ルルーシュはこう問いかける。彼女の手元にはいつの間にかティーポットがある。
「……残念ですが、逃げられました」
手がかりもほとんどない。彼はそう続けた。
「移動の痕跡は?」
カップを差し出しながらルルーシュはさらに質問の言葉を口にした。
「ありません。センサーにもレーダーにも引っかからなかったと」
その言葉に、スザクは首をかしげる。どこかで似たよう話を聞いたような気がするのだ。
あれは、確か朝比奈と訓練をしていたときだったはず。
「……ジノ」
まずは確認してみよう。それから推測を口にしても遅くはないはずだ。そう考えて、スザクは呼びかける。
「なんだ?」
「センサーとレーダーの探索可能域は地上何センチ?」
それだけでルルーシュは何かに気づいたようだ。
「なるほど。探査可能域外で活動していた、と考えているのか、お前は」
ルルーシュがそう言い返してくる。
「だが、可能なのか?」
彼女はそう続けた。
「たとえば、地上すれすれを移動するとかね。いろいろと方法があるんじゃないかな、と。移動のためにカイトを利用していたりとか、こちらの想定外の動きをするようだし」
それに、とスザクは笑う。
「日本人は変形ロボット、大好きだから」
その言葉にルルーシュは納得したようだ。
「そう言えば、お前が持ってきた玩具はなかなか楽しかったな」
ルルーシュがそう言って微笑む。
「ただ、母さんがあれを再現させようとして一部に迷惑がかかったが」
「……それは、ごめん」
あれはおもちゃなりの嘘があるのに、とスザクはため息をつく。
「いや。別の意味で平和だったからかまわない」
ルルーシュはそう言って苦笑を浮かべた。
「特にロイドがな」
どうやら、迷惑をかけられたのはロイド達だったらしい。それならばいいのか、とスザクは判断する。
「しかし、そうか。私達にしてみればナイトメアフレームの高さを変えるような変形をさせるなど考えられないが、他国の人間であれば十分にあり得るのか」
覚えておこう、とルルーシュは呟く。
「……しかし、そうなると厄介だな」
ジノはそう言って表情を曇らせる。
「相手の動きがわからないと対処のしようがない」
「目視だけだと辛いもんね」
スザクもそう言って頷いた。
「でも、レーダーはともかく、センサーの範囲って広げられないの? 日本軍だと、確か戦車の死角をフォローするための予備センサーをつけているよ」
必要に応じて起動できるような、とスザクは付け加える。
「動くものだけに反応するようになっているらしいけど」
その言葉にジノは少し考え込むような表情を作った。
「……熱源にだけ反応すればいいか」
「それだと、着弾したミサイルにも反応しない? エナジー・フィラーを感知する方がいいと思うけど」
サクラダイトの鉱脈を探すのに使うセンサーの応用で何とかなったはずだ。
「なるほど。それならばすぐに可能かもしれないな」
ルルーシュはそう言って頷く。
「ジノ?」
「相談してみましょう」
「そうしてくれ。私達が口を出すよりも、お前の口からの方が開発陣もいいだろう」
ここはブリタニア本国ではないから、とルルーシュは付け加える。
「全く……ここでわたしができることなどないだろうに。何故、帰国の許可が下りないのか」
さっさと戻ってナナリーと過ごしたい。彼女はそう呟く。
「ここでむさい男達を見ているのにあきた」
「ルルーシュ……本音がダダ漏れだよ」
すかさずスザクはそう突っ込む。
「お前はそう言うが、鬱陶しいんだぞ。少しお前と離れるだけで筋肉だるまに囲まれるし」
もっとも、すぐにセシル達が追い払ってくれたが。そう言ってルルーシュはため息をつく。
「……やっぱり、ロイドさんの方を断ろうか」
スザクはこう問いかける。
「いや。母さんの意向もあるだろうから、それはやめておけ」
不本意だが、と彼女は続けた。
「私が気をつければいいだけのことだ」
「……マンフレディ卿にさりげなく注意をしていただきましょう」
ルルーシュの言葉の後に続けてジノがそう言う。
「後はお前がいないときにはセシルのそばを離れないようにするだけだな」
ともかく、とルルーシュはさらに言葉を重ねる。
「救出に裂いてもらった人手や物資に見合うだけの成果を上げねばなるまい」
世知辛いが、と口の中だけで彼女は付け加えた。
「申し訳ありません、ルルーシュさま。私が敵の新型を確保できていればよかったのですが」
ジノが申し訳なさそうに言葉を口にする。
「気にするな。情報を渡しただけでも彼らにはプラスになっているはずだ」
だが、それだけでは不十分なのだろう。そう考えれば、戦争というのは本当に厄介だと言っていい。
小さなため息をついた瞬間だ。スザクは人の気配を感じて視線を移動する。だが、そこには壁があるだけだ。
あるいは、あそこに隠し部屋があるのかもしれない。
「鬱陶しいな。もう少し放っておいて欲しいものを」
ルルーシュも気づいたのか。小さな声でそう呟く。
「……ここは最前線に近いからマシですよ」
ジノが苦笑とともにこう言ってくる。
「大公のお膝元であるペテルスブルグだと舞踏会が待っていると思います」
「……うわぁ……」
「それは確かにパスだな」
「ですよね」
二人の反応にジノはそう言って頷く。
「ともかく、スザクは少しでも早くあれを乗りこなしてくれ。それで一度、戦場に立ってくれれば責任を果たしたことになる。私が責任を持って守るから」
ジノのこのセリフに、スザクは『そう言うものなのか』と心の中で呟いていた。
14.08.03 up