僕らの逃避行
22
部屋の外が騒がしくなった。そう思った次の瞬間、入室を求める声が響いてくる。
「ミケーレか」
ルルーシュはそう呟くと、視線をジノへと向けた。
それだけで彼女が何を言いたいのか察したのだろう。ジノは素早く立ち上がるとドアの方へと向かっていく。
「厄介事でなければいいが」
ルルーシュがそう呟いたのが耳に届く。
「どうだろうね」
ここに来て厄介事でなかったことはないだろう。スザクは言外にそう告げる。
「……お前な」
「少なくとも、ロイドさんのことは『厄介事』でしょ?」
あの人に付き合わされるのは、一種の修行だ。スザクはそう言って笑う。
「否定できない、確かに」
ロイドの言動に振り回されるとなれば、とルルーシュも頷く。
「……個人的には、ジノの存在も厄介事の一つだけど……」
ぼそっと付け加える。
「その心は?」
即座にルルーシュがこう切り替えしてきた。そのセリフは、間違いなく日本で見たお笑い番組で覚えたものだろう。
「……ことあるごとに勝負を挑まれるのが面倒。せめて、ルルーシュをブリタニア本国に連れて行ってからにしてよ」
あそこならば、自分が動けなくなってもルルーシュの安全を脅かされることはない。
しかし、ここは戦場に近すぎる。何かあった場合のフォローが遅れては取り返しが付かなくなるだろう。
それを考えれば『厄介事』と言ってもおかしくはないのではないか。
「間違っているかな?」
スザクはそう聞き返す。
「いや。それが正しい」
普通は、とルルーシュは即座に言い返してくれる。その事実にスザクはほっとした。
「問題なのは、その理屈がわからない脳筋と研究バカしか手駒がいないと言うことか」
「……それって……」
「もちろん、あいつらだ」
ジノはもう少しマシだと思っていたのだが、と彼女は呟いている。
「それはスザクが滅多に対戦してくれないからです」
いつの間にか戻って来ていたジノが口を挟んできた。
「……滅多にって……最近、タイミングが合わないだけだよ。他の人とはちゃんとアリエスで対戦しているし」
スザクはそう言い返す。
「文句は陛下に言ったら?」
ジノとタイミングが合わないのは、彼が任務に出ているからだ。そして、それを命じたのはシャルルである。故意なのか偶然なのかは知らないが、責任は彼にあるのではないか。
「それが出来れば、な」
ジノはそう言ってため息をつく。
「ルルーシュさま」
だが、すぐに表情を引き締めるとジノはルルーシュに呼びかける。
「マンフレディ卿の従者が来ております」
「そうか」
それで、と彼女は視線だけで次を促す。
「……ルルーシュさま?」
だが、ジノには意味がわからなかったらしい。
「何の用事で来たのか?」
とりあえずこれ以上ルルーシュの機嫌が悪くならないように、とスザクはフォローを入れる。
「夕食のお誘いです」
あぁ、と思い出したようにジノはそう口にした。
「……普通はそれを最初に告げるのだろうが」
ため息混じりにルルーシュはそう言い返す。
「もし、こちらに害意があったらどうするんだ?」
さらに彼女はそう付け加えた。
「でも、マンフレディ卿の従者ですよ?」
「それでも、だ。彼は今、ナイト・オブ・ツーではない。ミカエル騎士団の総帥だ」
あちらが有利になるために何をしでかすかわからない。ルルーシュは言外にそう付け加える。
「ですが!」
「お前が信じたいというなら勝手にしろ。ただし、過去にあったことでもあると言うことを忘れるな」
シャルルがそれで死にかけたのだ、とルルーシュは続けた。
「……Yes.Your Highness」
ジノは納得していないのだろう。だが、ルルーシュにここまできっぱり言われてしまえば逆らうわけにはいかないらしい。
「立場が変われば仕方がないよね」
ジノがブリタニア本国を第一に考えるように、マンフレディはユーロを第一に考えるはずだ。その結果、ルルーシュが不利益を被る可能性はあるだろう。
「命を狙われるとかはないだろうけど……結婚の強要はあるかもね」
ジノがここまで冊子が悪いのは、相手がマンフレディだからだろう。それがわかっていてもついついこう言ってしまう。
「……まぁ、あちらもそんなことをすればマリアンヌさんがどう出るかわかっていると思いたいけどね」
そう告げればジノもようやくルルーシュが何を心配しているか理解したようだ。
「申し訳ありません」
ため息とともに謝罪の言葉を口にする。
「私も言い過ぎたかもしれん。だが、マンフレディ卿にはその気がなくても周囲の者達がどう考えているかまではわからないからな」
それでルルーシュも種明かしをした。
「だが、スザクに言われる前に気づかないのは問題だぞ。ロイドでもあるまいし」
おそらくルルーシュは最後の一言を無意識に付け加えたのだろう。しかし、それはジノにはショックが大きいものだったようだ。
「……アスプルンド伯爵と同レベルって……」
ぶつぶつと呟いている。
「とりあえず夕食のお誘いは受けよう。伝言を頼んでかまわないか?」
そんな彼を早々に見限ったのだろう。ルルーシュがスザクにこう問いかけてきた。
「ドアの土とで待っている人に伝えればいいんだよね?」
「あぁ」
「了解」
言葉とともにスザクはドアへと向かう。そして廊下にいる人物に声をかけようとドアを開けた。
「遅くなって申し訳ない。夕食のお誘いは受けさせていただ来ます、とマンフレディ卿には伝えてください」
そしてこう告げれば、目の前の相手はわかったというように頭を下げる。
「そのようにお伝えします。ご不自由はありませんか?」
「ありがとう。今のところは何もないです」
スザクはそう言って笑う。
「何かおありでしたら、遠慮なくお声をかけてくださいませ」
そう言うと彼は戻っていく。
「ルルーシュ。着替えるよね?」
それ見送ってからスザクは部屋の中へと視線を戻す。そして、こう問いかけた。
「そうだな」
少し考えた後でルルーシュは頷いて見せる。
「セシルさんを呼ぶ?」
「大丈夫だ。必要ならお前が手伝ってくれるだろう?」
その言葉にジノが謎の踊りを踊り出す。
「魅力的なお誘いだけど、後が怖いからやめておく。まぁ、背中のボタンぐらいなら止めてあげるけどね」
ルルーシュは体が硬いから、とスザクはさりげなく付け加えた。
「それで十分だ。それに、そのくらいなら母さんの許可範囲内だしな」
即座に彼女は言い返して来る。
「それに今更だろう?」
「……否定が出来ない」
この会話にジノも衝撃から立ち直ったのか。
「幼なじみって怖い」
こんなセリフを口にしてくれる。
「スザクだからだ」
「ルルーシュだしね」
それに二人はこう言い返した。
14.09.06 up