僕らの逃避行
25
よくもこんなに人が集まったものだ、とスザクは別の意味で感心してしまう。
「……まぁ、あのときよりは少ないよね」
「あれは特別だったからな」
スザクのつぶやきにルルーシュが言葉を返してきた。
「そう言えば、あのとき、ジノが準優勝だったか?」
今思い出したというように彼女はそう続ける。
「ルルーシュさま、それはひどいです」
当然のようにジノが抗議の声を上げた。
「スザクしか見ていなかったからな」
さらりとルルーシュが爆弾発言をしてくれる。その瞬間、ジノだけではなく周囲にいたユーロの騎士達がこちらをにらみつけてきた。
「スザクは私の初めての友人だし、母さんのお気に入りだったから、当然のことだ」
しかし、ルルーシュにはどうして周囲がそんな構想を採るのかわからなかったらしい。小首をかしげながらこう言い返していた。
「スザクは最初から私の《守護者》候補として引き合わされたからな。母さんが『それだけの技量はるから、心配はいらない』と言ってくれてはいたが、心配だったから」
絶対はないというのが勝負の鉄則だ。だから、と彼女は笑う。
「だが、未だに話題に上がるように、スザクとジノのあの一戦は見事だった」
その言葉にジノも嬉しそうな表情を作る。
「ビスマルクともスザクはそれなりにやり合えるだろう? だから、今回の試合も楽しみだ」
「僕も楽しみだよ。ヴァルトシュタイン卿が『剛の者』と言われていた方だからね」
スザクもそう口にする。
「とりあえず、恥ずかしくない立ち会いをするだけかな?」
ルルーシュの隣にいることに文句を言われないように、とスザクは心の中だけで付け加えた。
「お前なら大丈夫だ」
ルルーシュが微笑みながらスザクの背中を叩いてくる。
「確かに。がんばれ」
ジノもこう言ってくれた。しかし、こちらには素直に受け止められないのはどうしてだろう。
「全力を尽くすだけだよ。それが礼儀だろう?」
しかし、これだけは事実だ。スザクは笑いながら言葉を返した。
体格から判断したとおりマンフレディの得物は大剣だった。
「うまく間合いには入れれば何とかなるだろうけど」
相手がそれを許してくれるかどうかは別問題だ。
さすがは元ナイト・オブ・ツー。
そう言いたくなるくらい身体能力が高い。流石にビスマルクには劣るが、ジノでは太刀打ちが出来ないのはすぐにわかった。
「さて、どうしようかな」
このまま相手の剣を避け続けるのは芸がない。しかし、これといった一手が打てないというのも事実だ。
手にしているのが日本で使っていた刀ならばまだ反撃のしようもある。あれならば鋼も切れるんだけど、と心の中で呟く。
しかし、今、手にしているのはブリタニアから運ばれてきたものだ。どれだけ切れるかわからない。
それでもやるしかない。
マンフレディ相手では、斬り結んでも力負けするのは目に見えている。
自分が彼に勝っているとすれば、スピードだけだろう。
今までの打ち合いで彼のくせもだいたい把握できた。
そう判断すると、スザクは早速行動に出る。
彼が剣を振り下ろしたところでフェイントをかける。もちろん、それが失敗してもいいように次の手は考えてあった。
だが、予想外にマンフレディはそれに引っかかる。
ひょっとしたら、それもフェイクかもしれない。
だが、スザクはあえてその可能性を排除した。
フェイクだとしても、これだけ体勢を崩していればすぐには対処を取ることは不可能だろう。その間に自分が目的を果たせばいいだけだ。
そう考えると、一気に間合いをつめる。
「はぁっ!」
そのまま相手の剣の柄ぎりぎりを切りつけた。
相手の剣にひびが入れば御の字。それでなかったとしてもあそこに衝撃を与えれば振動が手に伝わる。そうなれば、こちらの動きに反応しきれなくなるだろう。そう考えたからだ。
しかし、予想していた反発がない。
代わりに金属音が響いた。
「……驚いたな」
マンフレディのつぶやきが耳に届く。
「まさか、剣を斬られるとは、な」
「僕も斬れるとは思っていませんでした……」
スザクはそう言い返す。
でも、と続ける。考えてみればこれはマリアンヌが用意してくれたものだ。なまくらであるはずがない。
おそらく、それなりに名のあるものだったのだろう。
後で銘を確認してみた方がいいかもしれない。
「とりあえず、お前の勝ちだな。さすがはマリアンヌ様の弟子」
得物がなくなれば戦いようがないからな、と彼はあっさりをひき下がる。
「なかなかに楽しめたな」
そう言われても、素直に喜べない。
「……手加減、されませんでしたか?」
そんなことはないと思いたいが、と心の中で呟きつつスザクは問いかける。
「そんなことはないぞ」
即座にそう言い返された。
だが、それを鵜呑みには出来ない。
偶然とは言え、あっさりと勝負がつきすぎた。彼はまだ、十分に実力を出していないのではないかと思うのだ。
「……そう言うことにさせていただきます」
しかし、それをここで追求しても意味はないと言うことも事実だろう。
「そうしておけ。そうすればルルーシュさまにちょっかいをかけようという者はいなくなるだろうからな」
意味ありげな笑みとともに彼は小声でこう告げた。
「やはり、それが目的ですか」
「とは言っても、本気を出していたぞ。うちの若い者をしごくときは片手しか使わん」
両手を使ってほぼ互角。それがわかれば十分だ。彼はそう言って笑った。
「しかし、残念だ。お前が俺の部下だったら、どれだけ心強いか」
だが、と彼は続ける。
「逆に言えば、君のような人間がルルーシュさまのそばにいれば安心だ」
それが言いたかったのだろう。
「マンフレディ卿にそう言っていただけるとは光栄です」
スザクはそう判断をしてこう言い返す。
「謙遜しなくてもいいぞ」
親愛の情を示してくれるのは嬉しい。しかし、力一杯背中を叩くのはやめて欲しいと思うのがわがままなのか。
「さて……ルルーシュさまに挨拶をせねばな」
ようやく解放してくれたときにはほっとした。
「しかし、よほど好かれておるのだな、君は」
「好きの意味合いが違うかもしれませんが」
苦笑とともにそう言い返す。
「それはこれからだろう。がんばれ」
この言葉には素直に頷く。そして、歩き出した彼の後を追いかけてルルーシュの元へと向かう。
「いい試合だった。今日はたまたまスザクに分があっただけだな」
ルルーシュがこう言ってくる。
「否定はしないよ」
「謙遜せずともいい。マリアンヌ様はよい騎士を育てられたものだ」
少しうらやましい、とマンフレディが口にする。
「そのあたりはお茶を飲みながらゆっくり話そう」
ルルーシュのその誘いを断る人間はここにはいなかった。
14.10.18 up