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僕らの逃避行

34


 カーテン越しに聞こえる華やかなざわめきは、本当にここが戦場に近いのかと思わずにいられない。
「……太陽宮での夜会より規模は小さいけどね」
 ため息と共にそう付け加える。
「仕方がないな。ある意味、戦意高揚のためのパフォーマンスだ」
 これだけのパーティが開ける余裕があると伝えているのだ、とルルーシュは言う。
「わかっているんだけどねぇ」
 日本人としては今ひとつ納得できない。
 今晩一晩で使われる金額がいったいどれほどになるのか。そんなことを考えてしまうのだ。
「まぁ、貴族は見栄が重要だし」
 日本でも昔、外面を保つために裏ではあれこれやっていたと聞いたことがある。
 皇も当主の食事が雑穀と白湯、それに漬け物が一切れだけだった時期があるそうだ。その話を聞いた瞬間、その時代に生まれなくて良かったと本気で考えたものである。
「そういうことだ」
 ルルーシュがこう言ってうなずく。
 今晩の彼女の衣装は、意外なことにプリンセスラインではなくマーメイドラインのものだ。光の加減で微妙に模様を浮き上がらせるシルクは、間違いなく日本製だろう。
「今日のドレスはすごく似合ってるね。クロヴィス殿下の力作?」
 そして、彼女の魅力を最大限に引き出せるようなデザインを生み出せるのは彼だけだ。そう判断をしてこう告げる。
「あぁ。先ほど届いた。周囲の者達に無理をさせたのではないかと心配だ」
「ルルーシュのためなら喜んでやってくれる人ばかりじゃない?」
 クロヴィスの──主に服飾関係の──部下達は彼の妹たちが自分たちの作品を見事に着こなしてくれるのが大好きだ。その中でも他の者達では似合わない色合いを着こなせるルルーシュは特別らしい。
 それは神楽耶にも言えることだ。
「そうだとうれしいが」
 ルルーシュは少しはにかんだように微笑んでみせる。そうするといつものりりしさが消えてかわいらしいとしか言えない。
「……できれば、二人だけの世界はそこまでにしておいてくれませんか?」
 そんな二人の間にこんな声が割り込んでくる。
「流石に独り身にはきつい」
「なら、早々に相手を探すんだな、ジノ」
 即座にスザクはこう言い返す。
「ずいぶんと視線を集めているようだし」
 さらにからかうようにこう付け加える。
「それはお前の方だと思うぞ、スザク」
 間髪入れずに言い返された。
「お前だろう? 独身でしかもナイト・オブ・スリー何だ。ユーロに引き込めればこれ以上にないほど自分たちが有利になると言う打算もあるようだが」
 苦笑と共にルルーシュがそう言う。
「スザクも同じでは?」
 負け惜しみなのか。ジノがこう反論した。
「何を言っている。スザクは私のものだからな。渡すわけなかろう?」
 第一、と彼女は続ける。
「私以上の存在はいないだろう?」
 言葉と共にルルーシュはにっこりときれいに笑う。
「否定できないね」
「する気にもなれません」
 スザクが即答すれば、ジノも同意をして見せた。
「さて……そろそろヴェランス大公に挨拶に行くか。それが終われば、適当に戻ってもかまわないだろう」
 流石に疲れた、と彼女は言う。
「ルルーシュは体力がないからね」
 苦笑と共にスザクはうなずく。
「言われてみれば確かに。そこまで気が回りませんでした」
 ジノも慌ててそう言う。
 騎士であるジノや普段から鍛錬を欠かさないスザクとは違って、彼女はインドア派だ。体力をつけるような運動はしていない。
 そして、とスザクは続ける。
 輸送機が撃墜されてからずっと、彼女はぎりぎりの状況に置かれていた。精神力で持ちこたえているものの、それがいつ崩れるかわからないというのも事実だ。
「まぁ、早めに休めばいいよ。この場はジノに任せればいいんだし」
 貴族ならなれているだろう、とスザクは笑う。
「……確かになれてはいるけどね」
 それにジノはため息と共にこう言い返してくる。
「それならばアスプルンド伯だって……」
「ロイドさん?」
「あれは人前に出してはいけない相手だろう?」
 ルルーシュが即座に断言した。 「確かに。会場が阿鼻叫喚の嵐になるだけじゃなく、ブリタニア本国の印象が急降下すると思うよ」
 もっとも、とスザクは苦笑と共に続ける。
「マンフレディ卿やそのお仲間とか研究者の方は喜ぶかもね」
 ランスロットのデーターを含めて、と続けた。
「だが、夜会ですることではないな」
 ルルーシュが深いため息と共に言葉を吐き出す。
「それに関しては、アスプルンド伯に後で時間をとってもらえるよう、ルルーシュ様の許可をいただけるとありがたいのですが」
 そこにマンフレディの声が割り込んできた。
「あいつに下手に説明をさせると一晩でも二晩でも続けるぞ」
 付き合う覚悟があるのか、とルルーシュは視線を移動する。
「研究者達は喜ぶでしょうね」
「……何処でも研究者は変人か」
 即答されてルルーシュはこう言い返した。
「まぁ、いい。後で連絡をしておこう。後は自分たちで交渉してくれ」
「もちろんです。これ以上、ルルーシュ様のお手を煩わせません」
 彼の言葉に彼女は満足そうにうなずく。
「そろそろ大公殿下のお出ましですか?」
 話題を変えるためにスザクはこう問いかけた。
「あぁ。先触れとして顔を出させてもらった」
 タイミングが大切だから、と彼は続ける。
「面倒なんだね」
「仕方がないな。ほぼ同時に会場に顔を出さなければいけない」
 皇女と大公は同列らしい。だからこそ面倒なのだ。ルルーシュがそう教えてくれる。
「お前は私のパートナーだし、ジノは護衛だからな」
 スザクは追々覚えろ、と続けられた。
「……頑張るよ」
 それにこう言い返すしかできないスザクだった。



15.05.23 up
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