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僕らの逃避行

35


 会場に足を踏み入れた瞬間、四方八方から視線が飛んでくる。
 それは好意的なものもあれば、こちらを値踏みするようなものもある。
 ある意味、それは予想していたものだ。だから、あえて反応はしてやらない。
「……何処でも同じ、と言うことか」
 つまらない、とルルーシュが口の中だけでつぶやく。
「まぁ、人間だし」
 ロイドのような変人でもない限り何処でも変わらないだろう。スザクはそう言い返す。
「わかっているがな。主君と仰ぐ人間の客人に対してぶしつけだな、と思っただけだ」
 これに関しては本国に戻ったところで愚痴がてら報告してやろう。ルルーシュはきれいな笑みを浮かべながらそう言った。
「そうだね。名前はわからないけど、顔だけなら覚えられるかな?」
「そうしてくれ」
 ルルーシュの言葉にスザクはささやく。
「物騒な会話なのに、見た目はにこやかとか……」
 ジノがあきれたようにこう言ってくる。
「通常運転だろう?」
 ルルーシュがこう言い返した。
「否定はしませんが」
「なら、黙っていろ」
 ヴェランス大公が来た、と彼女は続ける。
「……こちらから挨拶に行くの?」
 スザクはそう問いかけた。
「いや。マンフレディが大公をさりげなく移動させてくれるそうだ。それを見て私たちも動けばいい」
 誰かが案内に来るだろう。ルルーシュはそう続ける。
「来なければシュナイゼル兄上あたりから抗議が来るだろうしな」
 さらに重ねられたセリフに周囲で耳をそばだてていた者達が慌てたような表情を作った。どうやら、彼等はルルーシュに恥をかかせようと考えていたらしい。
 そんなことをすればユーロの品位が下がるだけなのに、とスザクは心の中だけでつぶやく。
「それだけですめばいいですけどね」
 ジノがこう言っている。それも当然だろう。
 ブリタニアの皇族の中でも有力者は皆、ルルーシュ大好きだ。
 その筆頭がシャルルだと言っていい。
 だが、それでもユーロ・ブリタニアという組織が残るならばいいのではないか。
「マリアンヌ様が出てこられたらアウトだろうね」
 間違いなく灰燼に帰すだろう。
「マリアンヌ様ならあり得る」
 ジノも同じ光景を想像したのか。若干顔を青ざめさせながらうなずいている。
「まぁ、軍人は無事だろうが」
 彼等はマリアンヌが来ると同時に五体投地で出迎えるだろう。そんな相手を彼女が殺すはずはない。踏みつけるぐらいはするだろうが。
 ルルーシュのその推測に苦笑しか浮かんでこない。
「子供達も大丈夫じゃない?」
 それでも周囲で泣きそうな表情をしている子供達を安心させるようにこう言ってみた。
「そうだな。たたき直せばなんとかなるメンバーは大丈夫か」
 問題はそれが死んだ方がましと言いたくなるくらい過酷なものだと言うことだけだけど、とスザクは思う。
 周囲もそれは理解できているのか。顔をこわばらせている。そんな表情をするくらいなら最初から煽らなければいいのに。
 そう考えていたときだ。こちらに近づいてくる人間がいる。
「……あまり怖い話をしないでくれるかな?」
 背後からかけられた声は誰のものだろう。
「ヴェランス大公」
「久しぶりですな。今回は我らの不手際で迷惑をかけたようだが」
「気にされますな。マンフレディが迎えに来てくれた礼だと思っていただければ十分」
 ルルーシュはそう言って微笑む。
「それに、マンフレディには逆に迷惑をかけたようだしな……主にロイドが」
 彼の言動を考えれば差し引きゼロだろう、と付け加える。
「技術者とはそういうものらしいが?」
 ヴェランス大公が苦笑と共に告げた。
「おかげで気を抜くと予算が倍になっていると聞いた」
「十分、あり得る話ですね」
 連中はすぐに新技術を、と言い出して予算をぶんどろうとするらしい。ルルーシュがそれを丁寧な言葉遣いで言う。
「もっとも、そこで引かないのが宰相府の財務担当ですが」
 あれこれと理由をつけて許可をしない。それでも相手が引かないときにはシュナイゼルが出て行くらしい。
「なるほど。流石と言うべきだね」
 そのくらい強気に出なければだめなのか、とヴェランス大公はうなずいている。
「……大公殿下」
 そんな彼の脇に控えていた年長の男性がそっと声をかけた。
「あぁ、申し訳ない。ついつい余計な話をしてしまった。ルルーシュ殿下を皆に紹介せねばな」
 慌てたように彼は口を開く。
「もっとも、知らぬものはおるまい。《閃光のマリアンヌ》様のお子だ」
 その瞬間上がった歓声は軍の関係者のものだろうか。
「隣の方は婚約者殿か?」
「えぇ。ようやくうなずいてくれたので、母が喜んでいます」
 スザクも初めて見るとろけるような笑みを浮かべつつルルーシュがうなずいて見せた。
「私の婚約者で守護者でもある枢木スザクです」
「七年前、ブリタニア本国で行われた闘技会の優勝者でもあります」
 ルルーシュの言葉をフォローするようにマンフレディが口にする。
「ブリタニア人であれば、無条件でナイト・オブ・ラウンズの一員に選ばれていますね」
 さらにジノがこう続けた。
「皇だからな。守護者になってもらうだけでも一苦労だった」
 そんなことはないだろう、とスザクは思う。だが、それを口にすることはない。
「母の一番のお気に入りですよ。今でも毎年、ブリタニアに来れば鍛錬に付き合わされています。そのおかげで、今回は助かったわけですが」
「なるほど。初陣と聞いていたが、それならばあの成果も納得できますな」
 それが敵の新型を拿捕したことだというのはすぐにわかった。
「しかし、マリアンヌ様のお気に入りとは……うかつに引き抜きもできないか」
「そんなことをすれば、それこそ母が乗り込んできますよ?」
「それはそれでうれしいと思うのは間違っているのかな?」
 冗談と受け止めていいのか。それとも、とスザクは一瞬悩む。
「やめておいた方がいいですよ。軍が使い物にならなくなる可能性があります」
 ふふふ、おほほほ、と笑いを漏らしながらも、さりげなくお互いをけん制している。こういうことができるのが高位の貴族の条件なのだろうか。
 もし、そうだとするならば怖い。
 そう思わずにいられないスザクだった。



15.06.06 up
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