僕らの逃避行
36
笑顔でけん制を続けているルルーシュとヴェランス大公の元にさりげなく軍人が近づいてくる。
そのまま彼はヴェランス大公のそばにいる男性の耳元に何事かをささやいた。
「それは本当なのか?」
次の瞬間、彼は驚愕の表情を作るとこう聞き返している。
「はい。間違いなくご本人です」
この言葉に大公は小さなため息をつく。
「すぐにご案内をするように」
そして、こう告げた。
「Yes,my lord」
即座に軍人はきびすを返す。そのままホールを出て行った。
「どうやら非常事態のようですね。席を外しますか?」
ルルーシュがこう問いかけている。
「いや。むしろいてもらった方がいいだろう」
即答されて、本人が目を白黒させた。
「そうなのですか?」
ルルーシュが意味ありげな表情でこう言い返す。あるいは何かを察しているのだろう。
「……本国からどなたかがいらしたか?」
ジノが小声でささやいてくる。
「可能性としては十分考えられるね。そろそろ皆さん、辛抱できなくなっていたとしてもおかしくはない」
スザクはそう言い返す。
「そうはいっても、クロヴィス殿下よりも年下の方々は許可が出ないと思うよ」
シャルルの過保護ぶりを知っていれば、とこっそりと付け加えた。
「それはそれで問題だと思うが」
即座にジノが言い返してくる。
「厄介な方しか選択肢がないと言うことだろう?」
「ユーロにとって、じゃないの?」
「否定はしない」
二人はそう囁きあうと人の悪い笑みを浮かべた。
「まぁ、いいんじゃないかな、それも」
これでルルーシュは解放されるだろう。後のことはそちらに任せておけばいいのだし、とスザクは言い切った。
「流石に、僕も少しゆっくりとしたい」
誰にしろ護衛の数はそれなりにいるはず。彼等であればロイド達が押しかけてきてもなんとかしてくれるはずだ。
「……実は疲れていたんだな、スザク」
「誰かさんが平然と熟睡してくれていたおかげでね」
警戒だけはしておかなければいけない。特に、ルルーシュに関しては、だ。
「ここでそんなことを気にする必要があるのか?」
ジノが眉根を寄せながらそう問いかけてきた。
「ルルーシュは美人でなおかつ地位のある女性だからね」
妻に迎えればと考える馬鹿がいなかったわけではない。遠回しな表現だが、彼にはそれで十分だったようだ。
「……すまん……」
「いいよ。終わったことだし」
後は来た人に任せればいいから、とスザクは嗤う。
「そうだな」
いい交渉材料になるだろう、とジノもうなずく。
「スザク」
そこにルルーシュのあきれたような声が割り込んできた。
「いいんだよ。やせ我慢も男の特権!」
好きな女性を守るためなら、とスザクはさりげなく付け加える。
「……そういうことにしておいてやる」
そう口にした彼女の耳がうっすらと赤く染まっているのはスザクの錯覚ではないだろう。
「さらりとそういうセリフを口に出せるとは」
「何、ジノ。言いたいことがあるなら、はっきりと言えば?」
目をすがめるとスザクは言葉を投げつける。
「別に。仲が良くて何よりだなと思っただけだよ」
苦笑と共に彼は言い返してきた。
「マリアンヌ様なら褒めてくださるんじゃないかな?」
彼はさらにこう付け加える。
それはどこまで本心だと思っていいのだろうか。
「……そういうことにしておくよ」
ここでそれを追及しても意味はない。そう考えてスザクはため息をつくだけでやめておく。
その時だ。
「ブリタニア帝国宰相、シュナイゼル・エル・ブリタニア閣下のお出ましです」
ホール内に高らかに声が響く。
「兄上か姉上がおいでだとは思っていたが……まさか、一番可能性の低いシュナイゼル兄上がおいでだとは……」
これはルルーシュも驚いたのか。小さな声でそうつぶやいている。
「マリアンヌさんだけじゃないだけましだよ」
その可能性もあったんだろうし、とスザクはため息交じりに指摘した。
「もっともその方が良かったと考えられてる方は多いだろうけどね」
目の前の人物を含めて、と言外に付け加える。
「その代わり、夜会は台無しになるだろうな」
苦笑と共にルルーシュはうなずく。
それにタイミングをあわせるかのようにざわめきが上がった。視線を向ければ夜目にもまばゆい黄金が確認できる。
その黄金はまっすぐにこちらに向かってきた。
「お久しぶりですね、ヴェランス大公。急に押しかけてきてすみません」
シュナイゼルが言葉と共に笑みを作った。
「いや」
ヴェランスが苦笑と共に口を開こうとする。だが言葉が見つからないのか、小さく首を横に振っていた。
それを無視してシュナイゼルがルルーシュへと視線を移す。その瞬間、彼の口元に浮かんだのはとろけるように優しい笑みだった。
「君たちがあまりに遅いのでね。迎えに来てしまったよ」
その表情のまま彼は言葉を綴る。
「よく頑張ったね」
シュナイゼルがルルーシュの髪をなでるのは当然のことだ。だが、なぜ自分までなでられているのか、スザクにはわからない。
「そういうわけだから、厄介ごとは私が引き受けよう。その間、君たちはゆっくりとしていればいい。明日中にすべてを終わらせる予定だからね」
そうしたら、本国に一緒に戻ろう。彼はそう続ける。
「はい、兄上」
苦笑を浮かべるとルルーシュが言葉を返した。
「君たちの婚約に関しては、皆があれこれやっているようだからね。覚悟しておきなさい」
「……それはそれで怖いです」
思わず本音がこぼれ落ちてしまう。
「あきらめなさい。マリアンヌ様が首謀者だ」
「……では、仕方がありませんね……」
シュナイゼルの言葉にスザクはため息を漏らす。
「浮かれているな、母さん」
ルルーシュも少しだけげんなりとした表情を作っている。
「それだけ喜んでおられるのだよ。あきらめなさい」
シュナイゼルの言葉にとりあえず首を縦に振って見せた。
同時に、これでこの苦行から解放されると心の中でつぶやく。はっきり言って、夜会よりも戦場にいる方が気が楽だ。そんなことも考えてしまう。
「あぁ。ついでにロイドも少し〆ておかないとね」
にこやかに告げられた言葉に、スザクはようやく肩から力を抜くことができたような気がした。
15.06.21 up