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真夏の蜃気楼

15


 二人が庭に戻ればそこにはオルドリンがいた。
「オズ。ご苦労様」
「いえ」
 マリーベルの命令であればどのようなことでも、と彼女は微笑みを見せる。
「スザクさん、お姉様とのお話は何でしたか?」
「士官学校でのことだよ」
 彼女の背後に移動しながらスザクは言葉を返した。
「そうですか」
 しかし、今ひとつ納得できないらしい。どこか表情が曇っている。
「ナナリーが心配することは何もないから」
「そうよ、ナナリー。校内で私についてほしいとお願いしただけだから」
 オズと一緒に、とマリーベルも告げた。
「力仕事ははやり男の方でないとね」
 これはオルドリンへ向けての言葉だろう。
「えぇ。図書室へ本を返すときにはお願いします」
 まじめな表情でどうでもいいことを口にする彼女は冗談がわかる人間らしい、とスザクはそう判断する。
「そのくらいであれば、昔からルルーシュにさせられているから」
 だから笑みを浮かべるとそう言い返す。
「頼もしいです」
「あなたにそう言ってもらえるとうれしいですね」
 たとえそれが腕力のことだけだとしても、とスザクは胸の内で付け加えた。
「本音よ。ナナリー様を守ろうとするその覚悟は見習わないとね」
 にこやかにそんな会話を交わしていたときだ。
「お姉様だけずるいですわ!」
 完全に無視される形になっていたユーフェミアが声を上げる。
「ずるいって、何が?」
 マリーベルがそう言い返す。
「どうしてお姉様だけスザクさんと仲良く出来ますの?」
「クラスメートだからよ」
 それが何? とマリーベルは彼女を見つめた。
「ナナリーもナナリーです! どうしてスザクさんを独り占めするのですか!」
 彼女は自分が言っている言葉の意味を理解しているのだろうか。そう思わずにいられない。
「……ユフィお姉様、いったい何をおっしゃっているのですか?」
 同じことを考えたのか。ナナリーがそう問いかけている。
「わたくしもスザクさんと仲良くしたいです。だから、彼を貸してくださいな」
 それで許してあげます、とユーフェミアは胸を張った。
「お断りさせていただきます」
 反射的にスザクはそう口にする。
「どうして?」
 意味がわからないと言うようにユーフェミアが見つめてきた。
「ルルーシュがいない間、ナナリーを守ると約束しました」  それが自分の意思でもある、とスザクは続ける。
「僕はものではありません」
 一人の意思を持った人間です、と言い切った。もののように貸し借りできる存在ではないとも。
「お姉様はいいのですか!」
「少なくともマリーベル殿下はナナリーに僕を『貸して』と一言もおっしゃいませんでしたが?」
 自分達が行動を共にするのはその方が都合がいいからだ。そう付け加える。
「そうね。本人の意思を無視して連れて行くのは、人として咲いてのことだわ」
 マリーベルもそう言ってうなずく。
「スザクさんはものではないので貸せません」
 ナナリーもこう言い切った。
「私たちの大切な方です。お兄さまだってそうおっしゃいます」
 車いすの手すりを握りしめながら言葉を重ねる。
「ナナリー!」
 ひどい、と彼女は目を潤ませた。本当にひどいのはどちらなのか、と言い返そうか、とスザクが思ったときである。
「わがままはそこまでにしておきなさい」
 第三の声が割り込んできた。
「シュナイゼルお兄さま?」
「いい経験になっただろう? いくら君でも人の気持ちまでは自由に出来ないのだよ」
 だから、スザクのことは諦めろ。彼は静かな声音でそう言いきる。
「第一、彼を君の所に呼び寄せているときのナナリーの護衛はどうするつもりだったのかな?」
 ここに閉じ込めておくつもりだったのか、と問いかけた。
「……わたくしは、別に……」
 そんなことは考えていなかった、とユーフェミアは言い返す。
「そこまで考えてこそ皇族と呼ばれるのだよ」
 自分の都合だけで他人を振り回してはいけない。シュナイゼルはこんこんとユーフェミアに告げる。
「これでしばらくはおとなしいわね」
 その様子を見ながらマリーベルがそうつぶやく。
「だといいのですが」
 ナナリーがそう答えるのにスザクは思わずうなずいてしまった。




21.02.20 up
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