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真夏の蜃気楼

19



 その知らせを聞いてスザクは怒りを感じるよりも先に呆れてしまう。
「今さら何の用事があるって言うんだよ」
 自分を追い出しておいて、と付け加える。
「……で、どうするかな?」
 連絡を取るのはやぶさかではない。しかし、うかつに返答して利用価値があると思われるのは不服だ。だから、と首をかしげる。
「無視するか」
 それが無難だろう。第一、自分が従うとは向こうも思っていないはずだ。
 スザクはそう考えるとその手紙をばらばらに破く。そしてゴミ箱へと入れた。
「それよりも、明日からの演習だよ……ナナリー一人で大丈夫かな?」
 襲撃があるとは思えない。しかし、万が一の可能性は否定できないのだ。
 こういうときにジュリアスが戻ってこられないのはきつい。ここにいるメンバーでなんとかしてもらうしかないが、とため息をつく。
「ジェレミア卿に頼んでいくしかないんだけど……」
 それでも心配が残るのは最近のブリタニアの様子だ。皇帝が『必要ではない』と判断した皇族を婿入りなどと言った名目で各エリアへ向かわせているらしい。その中にナナリーが入らないのはなぜか、と詰め寄るものもいるそうだ。
『決まっておろう。あれは役に立っておる』
 皇帝がそう言ったらしい。
『どのような、ですか?』
『目も見えず足も動かない皇女が……』
『だからよ。あれは皇帝の座を望みはすまい。だからこそきょうだいの愚痴を聞けるのだ』
 どの陣営も関係なく、と皇帝は続ける。誰でも平等に愚痴を聞くし、それを漏らすこともない。それだけで安心できるものだ。皇帝はさらに続けたとか。
『あれらはそれすらも出来なかったようだがの』
 呆れたように言われて口を出した貴族は身を縮めたそうだ。
『そうよの。これから一月、部下の愚痴を聞き適切な判断を下せば今回の沙汰は取りやめよう。シュナイゼル』
『監視の者をつけましょう。えぇ、そちらとは関係のない人間を選ばせていただきます』
 このような話が合ったからナナリーを逆恨みしている人間がいるのだ。事実、自分も何人か片付けたし、とスザクは思う。
「泊まりがけで頑張ってもらうしかないか」
 せめて、女性で信頼できる人間がいればいいんだけど。スザクはそう続ける。
「後は咲世子さんかな」
 名誉ブリタニア人──と言うよりは日本人といった方が正しいのだろう──の女性である彼女はかなりの実力の持ち主だ。アッシュフォード家から差し向けられた彼女は信頼できると思う。
「とりあえず相談しておこう」
 スザクはそうつぶやくと彼女に会うために体の向きを変えた。

「わかりました。お任せください」
 話をすれば彼女──咲世子はあっさりとうなずいてくれる。
「篠崎の名にかけてもナナリー様には指一本触れさせません」
「……咲世子さんって篠崎の方だったんだ」
 彼女の家名に聞き覚えがあった。と言うより、ある一定以上の家系では当然のように彼女の一族から側仕えを呼び寄せるのがステータスになっていたのだ。当然、枢木の家にもいたな、と心の中でつぶやく。
「ご存じでしたか?」
 咲世子がかすかな笑みとともに問いかけてくる。
「うちにもいらっしゃいましたから」
「枢木、でしたね、ご実家は」
 そうなると、と彼女は何かを思い出すようにつぶやく。
「確か真次おじさまが行っていらっしゃったかと……」
「ご家族でしたね。よく、お姉さんに遊んでもらった記憶があります」
 彼女がいなければ、ナナリーをつれて避難をすることも難しかっただろう。スザクはそう続ける。
「無事でいればいいんだけど……」
「大丈夫です。彼らは皆生きていますよ」
 仕事に就いている方もいる、と咲世子は付け加えた。
「それは良かった」
 彼らは自分達を守ってくれたし、とスザクは言う。そんな人達が生きているとわかれば安心できる。そう続けた。
「ナナリーも喜ぶだろうな」
 さらに言葉を重ねれば咲世子が首をかしげる。
「ナナリー様が、ですか?」
「あぁ。三人で遊んでもらっていたから」
「そうですか。では、時期を見てお伝えしましょう」
 お目見えはかなわないでしょうが、と言う彼女にスザクもうなずき返す。
「その前に、スザクさん。お気をつけてくださいませ」
「わかってるよ」
 あの二人が一緒で無理は出来ない。そう告げれば咲世子は小さくうなずいて見せた。




21.05.01 up
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