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真夏の蜃気楼

22



 ともかく、アリエスに戻ろう。
 演習が襲われたのだ。アリエスが無事かどうかを確認しなければいけない。
 ただ、問題は……とスザクはため息をつく。
「どうやって戻るか、だよな」
 ここからアリエスまで軽く百キロはあるだろう。その距離を自分の足だけで移動するのはちょっとつらい。
 しかし、見渡す限り自分が使えるような乗り物はないのだ。
「これも嫌がらせの一環かなぁ」
 それとも、単に忘れられているだけか。どちらにしろ、自分の存在はそれだけ軽く見られていると言うことだろう。
 だが、すぐにでもアリエスへ戻りたい。いや、戻らなければいけない。
「まぁ、いい。走るか」
 そうつぶやくと上着を脱ぐ。それで刀を包むと腰に結びつけた。
「行くぞ」
 自分に活を入れるようにつぶやくとスザクは走り出す。
 こういうときでなければちょうどいい訓練になっていい、と言うのだろう。しかし、今は気持ちだけ焦ってしまう。
 そのせいか。石につまずいてバランスを崩す。
「チッ!」
 かろうじて転ぶことは免れたが、足が止まってしまう。こういうときにそれは致命傷だ。一気に疲れが襲ってくるのだ。
「失敗したな」
 少しでも早く戻りたいのに、とそうつぶやく。
 その間にも少しでも早く回復するために息を整えていた。
 ここまで、だいたい五キロぐらい進んだだろうか。残りの距離を考えるといやになってくる。それでも、とスザクは心の中でつぶやく。ナナリーを守ると、そうルルーシュと約束したのだ。
 だから、何が何でも戻る。
 そうつぶやくと歩き出す。
 次第に速度を上げて行く。
 だいたい十キロを過ぎた頃だろうか。さすがにきつくなってきた。
 ここで無理をして、万が一の時に動けないでは意味がない。悔しいが少し休息をとろう。と判断する。
「……水分を持ってくれば良かった」
 汗をぬぐいながらそうつぶやく。周囲に水場はないかと見回すが見つからない。
「このままだと倒れるな」
 ため息を一つつく。
「うかつだったな」
 本気でやばいかもしれない、とそうつぶやいた。だからといって、自分を嫌っている人間と戻ればそれこそ途中で何があるかわからない。ナナリーとマリーベルの信頼があったとしてもだ。
「まぁ、なんとかするさ」
 軽く屈伸をしてこわばりかけた筋肉をほぐす。そして再び走り出そうとしたそのときだ。車が一直線に近づいてくる。
 このままではひかれる。
 とっさに逃げようとした。
 だが、それよりも車の方が早い。スザクの目の前でブレーキをかけると止まった。
「いたよぉ!」  助手席の窓から身を乗り出すようにして一人の男がこちらを見ている。
「そうですね。えっと……枢木スザク君よね?」
「……はい」
 いったい誰なのだろうと想いながらうなずく。
「心配しなくていいよぉ。シュナイゼル殿下直属特別派遣嚮導技術部主任のロイド・アスプルンドだよ」
「助手のセシル・クルーミーよ」
 彼らの態度から判断して嘘は言っていないように思える。だが、そうすることでいったいどのような利益が彼らにあるのだろうか。
「それで、どうして僕を捜していたのですか?」
「ナナリー殿下のため、かなぁ」
 シュナイゼル殿下が気にかけているから、とそちらの方の理由が大きいが、と彼は言う。
「それに、君のことが気になってねぇ」
「僕が?」
 いったい自分のどこが彼の興味を引いたのだろうか。そう考えながら相手をにらみつける。
「まぁ、そのあたりは戻りながらでいいかなぁ?」
 へらりと笑うと彼はドアを開く。
「さぁ、乗って。ナナリー殿下が心配しているよぉ」
 そう言われては乗らないわけにはいかない。
「わかりました」
 小さなため息とともにスザクは車に乗り込んだ。



21.06.12 up
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