真夏の蜃気楼
30
マリーベルとスザクの騎士就任の話はシャルルによってすぐに伝えられた。
マリーベルに関しては問題ない。伯爵家の令嬢であり、生まれたときから騎士となるべく育てられた人材だ。異論など出るはずもない。
しかし、スザクは違う。
スザクはイレヴン──日本人だ。今までナンバーズが騎士になったことはないと反対する声が上がる。
「儂の判断が間違っておると?」
シャルルが不快そうに眉根を寄せた。
「ナナリーは皇位継承権を持っておらぬ。そのナナリーが信頼しているのがクルルギだ。そのクルルギを側に置きたいという願いを父である儂が叶えてはいけないのか?」
シャルルがそう問いかける。
「だからといって、ナンバーズを騎士にすることは……」
己の息子をナナリーの騎士として押し込みたかった子爵がそう言い返す。
「クレア・リ・ブリタニア皇帝の騎士は蓮夜という日本人だったが? 他にも数名、日本人がいたという」
そして、と彼は続ける。
「その友は皇二葉。スザク・クルルギの先祖である」
クレア皇帝の騎士の話は聞いたことがあのだろう。異国の人間だと言うことも周知の事実だ。
しかし、彼らが日本人で、しかもスザクと関係があるとは誰も知らなかったらしい。
「つまり、クルルギには男爵の身分を持っていると言うことだ。しかし、イレヴンと言うことを考えて騎士侯とする」
そして、ナナリーの騎士とする。シャルルがきっぱりとそう言いきった。つまり、これ以上反論をすればその家はつぶされると言うことだ。
「異存があるならかかってくるが良い」
その言葉に誰もがひれ伏す。第七皇子とその周辺の者達がどのようなことになったのか。知らぬ人間などいないのだ。
現在の皇帝に逆らって勝てる人間などいない。
彼らは身にしみてその事実をよく知っているのだ。
何よりも、第一皇子であるオデュッセウス・第二皇子であるシュナイゼルをはじめとした高位の皇位継承者がすべてシャルルを支持しているのだ。他の皇子皇女を担ぎ出したところで勝てるはずがない。
それよりは認めた方がいいだろう。
ナナリーに皇位継承権はないのだからいくらスザクが有能でも影響力はない。
反対していた貴族達の脳裏でそんな計算がされている。
「陛下がそこまでおっしゃるのでしたら」
「……ナナリー皇女の騎士と言うことで」
「就任式はいつなのでしょうな?」
渋々といった様子でスザクの騎士就任を認める声が上がった。
「就任式に関してはマリーベルの騎士の方が優先でしょうね」
シュナイゼルは口を開く。
「うむ」
その言葉にシャルルがうなずく。
「あれらが士官学校を卒業すると同時に叙任式を行う。ナナリーとクルルギに関してはその後だ」
それは当然だろう。ナナリーよりもマリーベルの方が高位なのだ。当然、優遇されるべきなのはマリーベルである。だから、それは当然のことだろう。
これには誰も異論を挟まない。
「Yes, Your Majesty」
即座に声を合わせてこう告げる。
当面はこれで大丈夫だろう。心の中でそうつぶやくとシュナイゼルは父へと視線を向ける。
その視線に気がついたのか。シャルルは小さくうなずいて見せた。
「忌々しい」
ナンバーズ風情が、と一番身分が高い男が口にする。
「ですが……前例を出されては……」
「しかも、陛下のご意思が堅いようですし」
取り巻きの男達がなだめるように言葉を口にした。
「わかっておる!」
今はあの時代とは違うのに、とため息をつく。
「やはり、あの小娘が問題か」
「侯爵……そのお言葉はまずいのでは?」
彼女は陛下のお気に入りだ。何よりも彼女は皇位には関係ない。取り巻きの一人がそう告げる。
「あの死に損ないのせいであのナンバーズが誇り高き騎士の座を手にするのだぞ! 前例があろうとなかろうと許されることではない!」
騎士階級はブリタニア人でなければいけない、とそう告げる声が次第に大きくなっていく。
「そもそも皇帝とは言ってもあの男は!」
いくら何でもそれはまずい。これ以上言わせるわけにはいかないと男以外のものが焦ったときだ。
「そこまでにしていただこう」
不意に壁の方から一人の男が進み出る。
「……ヴァルトシュタイン卿……」
「不敬罪の現行犯で拘束させていただく」
捕まえろ、と彼が言うと共にどこからともなく兵士達が出てきた。
「やめろ! 私を誰だと思っている」
「私は止めようとしていた!」
「……あの方に不満などない」
「放せ!」
そうわめいても兵士達の拘束は外せない。
引きずられるように見知らぬ場所へと連れて行かれた。
小さくため息を吐き出す。
「まさか本当にあぶり出せるとはな」
あの方はどこまで見通しているのか、とそうつぶやく。
「まぁ、いい。私は陛下のご指示に従うまで」
意識を切り替えるとビスマルクは兵士達の後を追いかけるように歩き出した。
21.10.30 up