真夏の蜃気楼
32
アリエスに戻るとほっとするのは、ここにナナリーがいるからか。それともここは安全だと認識しているからかもしれない。
「ともかく、着替えないとな」
それからナナリーの所に行かないと、とつぶやく。そのまま手早く着替えると制服をハンガーに掛けた。これでしわにならないだろう。
そう考えるとカーディガンに袖を通す。
「夜は涼しくなったなぁ」
あちらも涼しいのではないか。そうつぶやくと歩き出す。
「風邪、引いていないといいけど」
そう言いながら廊下を進んでいく。
彼女はけがをしてから体が弱くなった。昔はここを駆け回っていたというのに、とルルーシュやジュリアスから何度も聞かされている。
「ジュリアスも無事ならいいんだけど」
最近、話題も聞かない彼は今何をしているのだろうか。そんなことも考える。
「彼のことだから、何を踏み台にしても戻ってくるだろうけど」
たとえそれが自分より高位の人間だとしてもだ。彼にとっての第一はルルーシュとナナリー。その次に皇帝陛下とルルーシュ達に好意的な皇族達。そして次に自分やジェレミアと言った味方といいきれるもの。
それ以外の人間は彼にとって人ではないのだ。使い勝手のいい道具である。
逆に言えば、そう言う考え方が出来る人間でなければ軍師なんて出来ないのだろう。
そんなことを考えつつ、スザクはドアをノックした。
『どなたでしょうか』
中から問いかける声がする。これは咲世子の声だろう。
「スザクです。ナナリー様の顔を見に来ました」
言葉を返せば中でなにかを確認している。だが、すぐにドアが開かれた。
「どうぞ」
咲世子がそう言って迎えてくれる。
「咲世子さん、ありがとうございます」
礼を口にすると部屋の中へと踏み込んだ。そうすればナナリーの他にもう一人ここにいることがわかる。
「帰ってたの、ジュリアス」
噂をすれば影とはこのことか、と思いながらそう問いかけた。
「あぁ」
彼はそう言いながらカップを持ち上げてみせる。
「ルルーシュの居場所が見つかったんだろう?」
そしてこう問いかけてきた。
「中華連邦だって」
それにスザクはこう答える。その瞬間、ジュリアスが難しそうな表情を作った。
「どうかした?」
「下準備が面倒だな、と思っただけだ。あそこにブリタニア人を送り込むわけにはいかないからな」
一目でばれてしまう、とジュリアスはため息をつく。
「卒業してからなら僕がいけるんだけど……」
日本人である自分ならば目立たないだろう。確か中華連邦には日本人がそれなりの数いるはずだし、とスザクは続けた。
「……それも一計だが……」
なにかを考え込むようにジュリアスは告げる。そのまま彼はふっとナナリーの方へと視線を向けた。
「スザクさん……」
ナナリーが今にも泣きそうな表情を作っているのがわかる。
「危険ではないのですか?」
それでも反対をしないのは彼女もルルーシュに会いたいからではないか。
「僕の顔を覚えている相手に会ったら面倒だけどね。そうでないなら大丈夫かな?」
「まぁ、彼を行かせるのは最後の手段だけどね」
スザクの言葉に続けてジュリアスがこう言う。
「そうおっしゃいますと?」
「名誉の人間がいるだろう? 彼らの権利をよくすると言えば、大丈夫じゃないかな?」
いざとなれば衛星エリアに格上げをするようシャルルに震源をする。それをえさに──と言ってしまえば言葉は悪いが──名誉ブリタニア人達を中華連邦へと行かせればいい。
「まぁ、監視の人間は必要だろうけどね」
それでも多少は信用していいと思う。彼の言葉にナナリーが大きくうなずく。
「ジュリアスお従兄さま、お願いします」
「任せておけ」
そういうと彼は笑う。
「だから、お前はきっちりと士官学校を卒業しろ。その後でこき使ってやろう」
そのまま彼はそう言った。
21.11.20 up