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真夏の蜃気楼

33



 最近はゆっくりと本を読むことも出来ないな。ルルーシュはため息をつくと読んでいた本を閉じる。
「どなたですか?」
 そのまま視線をドアの方へと向けた。その瞬間、人影がゆらりと姿を現す。
「ご無礼を」
 そう言ってルルーシュの前に跪いたのは彼よりも年上の青年だった。
「星刻か」
 伯父が見つけてくれたこちらでの協力者だ。ついでに言えば麗華様の信奉者というか部下というか……まぁ、そう言う存在だ。だからこそ、自分に協力をしてくれるのだろうが。
「あちらが動きました」
 彼は跪いたままそう告げる。
「そうか」
 父が本気で動き出したのだろう。ここ数ヶ月のうちにブリタニアは中華連邦へと攻めてくるはずだ。
 問題は、自分が大切に思っている一部の人間の保護をどうするかだろう。
「星刻……お前は裏切り者の汚名をかけられても大丈夫か?」
 麗華様を守るためにと続ける。
「あの方をお守りするためならばどのような汚名でも受け入れましょう」
 星刻はきっぱりと言い切った。
「ならば、ブリタニアが攻めてきたとき、つなぎをとってくれ。そうだな……スザクという名の名誉ブリタニア人ならば無条件で話を聞いてくれるだろう」
 今でも彼はナナリーの側にいてくれる。そんな彼ならば星刻のことを信じてくれるはずだ。
「これを見せれば確実だ」
 そう言って脇に置かれていたサイドテーブルから小さなハンカチを取り出す。それはあの日、自分が持っていたものだ。それをスザクなら覚えているだろう。
「お借りします」
 星刻は恭しくそれを受け取る。
 しかし、次の瞬間、彼の表情が一変した。その理由はルルーシュにも伝わる。
「それでは、先生」
 こちらに近づいてくる気配をルルーシュも感じたのだ。
「先ほどの作法は相手が平民でも同じなのですか?」
「いや……そもそも平民同士では先ほどのような誓約は行わない。別のものになるな」
 これで先ほどのものは俺の好奇心から出たものと言うことになるとルルーシュは心の中でつぶやく。
「一番多いのは義兄弟のちぎりだな」
 こうやって腕を搦めて杯を持ち、注がれた酒をそのまま飲むんだ……と彼は動作をつけて説明してくれる。
「……わざと強めのお酒を注ぐ人はいませんか?」 「もちろん、いるな」
 逆襲されるのがほとんどだが、と星刻が笑う。この国の人間は酒に強い人間はとことん強いからな。そう彼は続けた。
「弱い人間は一滴も飲めないのですね」
「そう言うことだ。だから、茶が尊ばれる」
 なんと言っても、破産して家がなくなっても茶道具だけは手放さないのがこの国の人間だ。そう付け加えられてルルーシュは小さく笑う。
「そう言うものですか」
 こだわりが怖い、と笑みに苦いものを加えた。
 そうしていればこの部屋を覗いていたらしい気配が消える。もちろん、それ以外にもいるはずだがその半分は伯父がこちら側に引き込んだ。後の半分は傀儡になっている。
「……いやですね、監視は」
「まったくです」
 だが、あちらとしては自分が手に負えないほどの力をつけるのはいやなのだろう。それならばこうして星刻と引き合わせなければいいものを、と思う。
 軍人であればいざというときに処分できると考えているのか。
 それならばそれでいい。
 自分はそれを逆手にとるまでだ。
「麗華様に伝言があるなら聞いておくぞ」
「……あの日の近いはいまでも有効です。それだけでおわかり頂けると」
「わかった」
 自分とスザクの間の約束はまだ有効だろうか。ふとそんなことを考えてしまった。

 もっとも、それはどこからともなく伝わってくる緊張感にかき消されたが。
 数日後、中華連邦の天子が意識不明になったと発表があった。



21.12.20 up
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