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真夏の蜃気楼

34



 天子が意識不明という報告は当然ブリタニアにも伝わった。
「女性と楽しんでいる最中に倒れられたとか」
 陛下もお気をつけを、とシュナイゼルが余計なことを付け加える。その視線の先にはチェスボードが置かれていた。その中の駒を一つ動かす。
「では、今は混乱しておるな?」
 シャルルはそれを無視してこう問いかけた。
「はい。ですが、今攻め込むのは……」
 さすがに外聞が悪い。最悪、ブリタニアが矢面に立たせられるのでは、と彼は問いかけてきた。
 それはシャルルもわかっている。
「攻め込むのではない。手の者を忍び込ませるのにちょうど良いと思っての」
 さすがに今攻め込めば非難されるだろう。しかし、表向きはともかく裏で動く分には何も言われないはずだ。その言葉にシュナイゼルもうなずく。
「そうよの……イレヴンを使えば良かろう」
 いろいろと権利を解除すると言えば即座に動くであろう、とシャルルは笑う。
「よろしいのですか?」
 イレヴン──名誉ブリタニア人となった日本人に課せられた制限を解除して、とシュナイゼルに問いかけられた。
「かまわぬ。あれを取り戻せるならな」
 その程度些細なことよ、とシャルルは笑う。そのまま盤上のナイトを動かす。
「確かに。あの子は優秀でしたから……ですが、この七年で変わっているかもしれませんよ?」
 そういうとシュナイゼルはクイーンを動かす。一件有効な手のようにみえるが甘い、とシャルルは心の中でつぶやく。
「あれの本質は変えられぬ。たとえどのようなときでもの」
 ルルーシュにとっての一番はナナリーでありクルルギの小僧なのだろう。その二つがこちらにある限り、あれが裏切ることはない。シャルルは心の中でそう付け加える。
「だといいのですが」
 心配するのはいい。だが、しすぎてもダメだ。
「おぬしはあれが裏切るとでも思っておるのか?」
「いいえ……ですが、人の心を操る方法はいくらでもありますから」
「それなら大丈夫よ。兄上の手の者があれの側におる」
 万が一の時には即座に動けるようにの、とシャルルは笑う。
「チェックメイト、だ」
 そして指が駒を倒す。
「……負けました」
 悔しげな表情でシュナイゼルが告げる。
「もう少し表情を動かさぬようにするのだな」
「……表情に出ておりましたか?」
「ほんのわずかだがな。身内であれば十分推測できるぞ」
 そう続ければシュナイゼルは盛大にため息をつく。
「……気をつけましょう」
 そしてこう告げた。

「随分とかわいがっているね」
 シュナイゼルが退出すると同時に声がかけられる。
 視線を向ければ、兄がゆっくりと近づいてくるのがみえた。それにシャルルは笑みを浮かべる。
「当然でしょう。あれはブリタニアの次代を担う息子ですから」
 オデュッセウスは人はいいがどうしても情が先に立ってしまう。何かあったときに冷静に対処できなければ皇帝の座につくことは難しい。
 それを埋められるのはシュナイゼルだけだろう。
 軍事に関してはコーネリアがいる。外交的にはギネヴィアで大丈夫だ。芸術面はクロヴィスに任せればいい。
 後はその者達の補佐だが、それぞれ有能な者が数名いる。
 そしてルルーシュが戻ってくれば何も心配いらないだろう。自分は兄の呪いを解くことに専念できる。
「シャルル、君ねぇ」
「どうかしましたか?」
「真顔でそう言うことを言わないでくれる?」
 うれしいのか恥ずかしいのかわからない表情で兄が言う。
「本心ですが……いけませんでしたか」
 自分だってずっと兄のことを気にかけていたのだ。シャルルは言外にそう告げる。
「……ルルーシュが朴念仁なのはお前に似たからだね」
 そういうと兄は先ほどまでシュナイゼルが座っていた椅子に腰を下ろした。
「ともかく、だ。あちらの様子だけど……ルルーシュが軍の一部を掌握したよ」
 本当に見ていて楽しいね、と兄は告げる。
「そうですか……」
 では、そろそろ動き出しましょう。シャルルはそう言って笑った。



22.01.20 up
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