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真夏の蜃気楼

35



 ナナリーは久々に皇族服に袖を通していた。
「私が参加していいのでしょうか」
 そう言いながらナナリーはスザクの方へと顔を向ける。
「僕が招待されているくらいだし……大丈夫じゃないかな?」
 マリーベルの意思だろうし、とスザクは続けた。
「それにナナリーは皇女殿下なんだから胸を張っていればいいよ」
 正式な招待状だし、と言えば納得したらしい。それでも不安なのか。
「スザクさん。絶対に離れないでくださいね」
 ナナリーはこう言いながら手を伸ばしてくる。
「当たり前だろう。僕は君の……君たちの騎士だから」
 ルルーシュがいない以上、ナナリーを守るのは当然のことだ。自分自身の希望もそうだし、とスザクは笑う。
「大丈夫。君を一人にしないから」
 そういえば彼女はようやくほっとしたように微笑んで見せた。
「でも……トイレはどうしよう」
 ついていくわけにいかないし、連れて行くわけにいかないよね……とつぶやく。
「確かにそうですわ」
 そこまでは考えていなかった、とナナリーもつぶやく。
「ここでは咲世子さんもいるし他の方もいるから気にかけたことがありませんでした」
 ナナリーがショックを受けたというように付け加えた。
「どなたかについてきてもらおうか?」
「いえ……それほど長い時間ではないと思いますので、我慢します」
「本当に大丈夫?」
「……だと思います」
 行きたくなったらそのときはそのときだ。ナナリーがそう言う。
「そのときは早めに教えてね」
 方法を考えるから、と付け加えれば彼女が小さくうなずいて見せた。
「じゃ、行こうか」
 そう言いながらもスザクは脳裏でマリーベル達に相談しようと考える。彼女たちであれば信頼できる人物を紹介してくれるだろうから、と。

 騎士叙任式は華やかなものだった。しかし、時間は短い。それよりもその後の宴の方が大変だった。
「お姉様、オルドリンさん。おめでとうございます」
 ようやく人混みを抜けてナナリーが二人に声をかける。
「ナナリー、来てくれたのね」
「スザクも……次は貴方の番ね」
 二人は笑顔でそう言ってくれた。
「その前にいろいろとやらないといけないことがあるけどね」
 言外にいろいろとにじませれば二人はうなずいてくれる。
「ナナリーもそのときまでにもう少し元気になりましょう」
 さすがは皇女だ。ナナリーの顔色が優れないことに気づいたらしい。
「はい、マリーお姉様」
 ナナリーは素直にうなずいてみせる。自分でもある程度自覚していたのだろう。
「では、この辺で失礼をさせて頂きます」
 ナナリーがこう言って頭を下げる。
「えぇ。今日はありがとう。後はゆっくりと休んでね」
「はい」
 微笑んで顔を上げたのを確認してナナリーはゆっくりと車いすの向きを変えた。そして、そのまま入り口の方へと進める。
「あら。もう帰るの?」
 その途中で声をかけてくる者がいた。
「……カリーナ……」
 言葉を返すナナリーの声に力がない。そんな彼女の表情を見たカリーヌが一瞬驚いたような表情を作る。
「まぁ、いいわ。貴方がいない方がましでしょうね」
 そしてこう言った。
「……では、御前を失礼します。皇女殿下」
 スザクはそう告げる。その言葉に彼女は少しだけ満足そうな表情を作った。
「礼儀正しいのね。そう言う人は嫌いじゃないわ」
 とりあえず彼女の機嫌を損ねなかったらしい、とスザクは胸をなで下ろす。
「さっさと行きなさい。貴方ももう少し人目に慣れることね」
 そういうとカリーヌはさっさと離れていく。
「戻ろう、ナナリー」
「はい」
 その後ろ姿が向かったのとは反対へと二人は進んでいった。



22.01.30 up
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