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真夏の蜃気楼

36



 密やかに噂が広がっていく。
 中華連邦の様子を知らせるだけでブリタニアの市民権を得ることが出来る、と。  それを耳にしたイレヴンだけではなく他のエリアの人間も密やかに中華連邦へと潜入していく。
 同時にもう一つの噂もささやかれていく。
 イレヴンの中から皇女の騎士となる者がいるらしい。他にも有能なものは軍で取りたてられているとも。
 誠か嘘か。
 それを知るものはここにはいない。
 ただ、希望が生まれはことは事実だった。

「……ひどいね」
 周囲を見回すとスザクはそう告げる。
「ここは特にな」
 そう言いながらジュリアスが階段を上がっていく。この上に何があるか、スザクはよく知っている。
 七年前、自分達が暮らしていた家だ。
 今は誰もいないと聞いている。それでも足を運んだのは、ナナリーが残っていればとってきてもらいたいものがあると言い出したからだ。
「でも……あちらの方は無事だね。なら、残っているかもしれない」
 スザクはそういうと二人がいた蔵の方へと歩みを進めた。
 見かけはただの蔵だが、スザクが隠れ家にするためにあれこれと持ち込んでいた。ルルーシュとナナリーが来てからはなおさらだ。だから、それなりに居心地は良かったと思う。
「それにしても……ナナリー様が何を探してきてほしいと言ったんだ?」
「ルルーシュが使っていたレシピ集だよ」
 逃げ出すときに忘れてきたから、あるとすればここだろう……とスザクは続ける。
「そうか」
 納得したらしいジュリアスを放置して中に入った。そうすればそこは時間が止まったままと言った様子だった。
 あの日使っていたものが乱雑に放置されている。
 ほこりはかぶっているがまだ使えそうだ。クレヨンや色鉛筆なんて今でもあの日のままの色を保っている。
「随分と残っているね」
 そう言いながらもスザクの目は目的のものを捜す。
 部屋の隅にそれらしきものを見つけて歩み寄る。慎重に拾い上げれば懐かしい文字を確認できた。
「良かった」
 ほっとしてスザクはつぶやく。
「見つかったか?」
「うん」
「なら、早めに戻ろう」
 何かあれば面倒だ。彼はそう続ける。
「そうだね」
 ジュリアスに危害が加えられたら厄介なことになる、とスザクもうなずく。
「……お前は……」
 だが、なぜか帰ってきたのは深いため息だった。
「お前はある意味イレヴンたちの希望だが、同時に裏切り者と言われても仕方がない立場だと理解しているのか?」
「僕一人ならなんとかなると思うんだけど……」
 爆弾だってよけられたし、と続ける。
「……お前も人外だったな」
 ジュリアスがこうつぶやく。
「それでも、だ。万が一と言うこともある。ナナリー様を悲しませることだけは避けろ」
「Yes、Myload」
 当然のことだ。
 しかし、無理を承知で動かなければならないこともある。それはジュリアスもわかっているはずだ、とスザクは心の中だけでつぶやく。
「後持って行きたいものはあるか?」
「僕にはありません。あの時、きっぱりと諦めたものばかりですから」
 ここに残っているもので持って行きたいものは思い出だけだ。そう続ける。
「そうか。随分と詩的な表現だな」
「ルルーシュも同じだと思うけどね」
「だといいがな」
 分かれてから七年も経っているのだ。多少性格が変わっていても驚かないぞ。ジュリアスがそう言う。
「……彼と別れたときは炎の中だったからね」
 スザクがぽつりとつぶやく。
「すべては灰燼に帰したと思っている可能性は否定しないよ」
 現実はこうだけど、と続ける。
「そうか」
 ジュリアスはそれにこう返すだけだった。



22.02.12 up
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