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真夏の蜃気楼

38



 租界に入れば追いかけてこないだろう。そう思っていたのに、彼らはまだついてくる。しかし、それが彼らの失敗だった。
「何だよ!」
「俺たちは何もしていないだろう!」
「黙れ! 閣下をストーキングしていただろうが」
 そういうとブリタニア兵が彼らを捕まえていく。
「俺たちが用があったのは枢木スザクだ!」
 青年達がこう叫ぶ。
「僕にはありませんが?」
 自分が優先すべきなのは現状ではナナリーであってあなた方ではない、とスザクはきっぱりと言い切る。
「第一、僕は日本に捨てられた人間ですよ? その僕に何を言おうと言うんですか」
 スザクが怒気をにじませた声で続けた。
「自分達で捨てておいて利用価値が出たら使おうとする。また利用価値がなくなれば捨てるんですか?」
 スザクの問いかけに誰も言葉を返せないらしい。黙って視線をそらしている。
「自分達は傷つかずに甘い汁だけ吸おうとしていたことに気がついたか」
 ジュリアスがさげすむような声音でそう告げた。
「……それでも、俺たちは……守らなければならない人がいるんだ!」
 家族を、と彼らは続ける。
「関係ないな」
 それをジュリアスが一刀両断に切り捨てた。
「どうしてもと言うなら、こいつのように努力すればいい。こいつだって最初から騎士侯だったわけではないぞ?」
 努力したから認められたのだ。ジュリアスはさらに言葉を重ねる。
「それに対して、お前らはどんな努力をした? 俺たちに認められるような成果を出すために」
 していないだろう? と言外に告げられているような気がするのは錯覚ではあるまい。
「味方に狙われながら敵を撃退するような目に遭ったことはないだろう?」
 さらにジュリアスはこう続ける。
「それが出来るようならば無条件で騎士に取りたててやろう」
 出来ないだろう? と彼は笑う。
「わかったなら甘い考えは捨てろ! そんな人間をブリタニアは求めていない」
 自分で努力するからこそブリタニアは手をさしのべようとしているのだ。ジュリアスのこの言葉に彼らは肩を落とす。
「連れて行け!」
 彼の指示にブリタニア兵がばらばらと駆け寄ってくる。
「ゲットーに捨ててこい。あぁ、ちゃんと名前は控えておけ」
 次に来たときにわかるようにな、とジュリアスは言う。
「Yes,My lord」  言葉を返すと兵士達はそのまま男達を引きずるように移動していく。
「……ありがとう」
 迷惑かけてごめん、と男達の姿がなくなったところでスザクは言う。
「あぁ、気にするな。よくあることだ」
「そうなの?」
「無能な貴族に良くやられる」
 自分の階級を上げろと絡まれる、とジュリアスは続けた。
「……あげていないよね?」
「無視するに決まっているだろう? ついでにシュナイゼル殿下に報告している」
 にやりと笑いながらそう告げる彼にスザクは苦笑を浮かべた。
「さすがだね」
「当然だろう?」
 ジュリアスはそう言うときれいな笑みを作る。
「無能ものが一人いるだけで兵の損耗率が上がる。兵士だって生身の人間だ。待っている人もいる。それをむやみに死なせるわけにはいかないだろう?」
「そうだね。兵をできる限り死なせないようにするのがいい指揮官だと僕も思うよ」
 だから、指揮官には出来るだけ有能な人物になってほしい。スザクのその言葉にジュリアスは満足そうにうなずく。
「と言うことで戻るぞ。ナナリー様に顔を見せないと心配をされる」
「そうですね」
 ジュリアスの言葉にスザクは同意をする。そして、二人は足早に政庁の中へと歩いて行った。



22.03.20 up
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