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真夏の蜃気楼

41



「ともかく、落ち着け。ここで話をしていても疲れるだけだ」
 そう言われてスザクは扉の奥へと移動する。神楽耶も彼の後をついてきた。
「茶を淹れたから、まずはそれを飲んで冷静になれ」
 ジュリアスがそう言いながらカップを差し出してくる。ものすごく苦いかまずいのではないか、と思わず身構えてしまう。でも、ナナリーと一緒の時に呑んだ彼のお茶はまともだったと思い出す。
 第一、上官が手ずから淹れてくれたお茶を拒むのは不敬に当たる。そう考えてカップに手を伸ばした。
 一口、口に含んでほっとする。
「美味しい」
 思わずそうつぶやけばジュリアスがにやりと笑った。
「当たり前だろう? それとも毒を入れられるとでも思っていたか?」
「……いいえ……渋いお茶が来るかなぁと」
 隠しても仕方がないとスザクは素直に口にする。
「茶葉の量が多いかな、と感じたので」
 紅茶ならそれだけ入れれば苦くなるはずだ。しかし、そのお茶は違うから……とスザクはしどろもどろながら説明をする。
「あぁ、なるほど。私も最初は驚いたよ。でも、紅茶でちょうどいい量だと薄くてね」
 ジュリアスがこう言い返してきた。
「そうなんだ」
 うなずき返すとスザクはもう一口飲み込む。それから一番聞きたかったことを問いかける。
「それで、何でこいつがここにいるわけ?」
 視線で家具屋を閉め縞柄そう口にした。
「……助けたい方がいるそうだ。共闘できそうだったのでな」
 とりあえず仲間に引き入れてみた、とジュリアスは笑う。だが、それは建前ではないか。本音は別の所にあるだろう。しかし、本人がいるところで聞くわけにもいかない。
「そうなんだ」
 今ひとつ信じられないのは過去のあれこれがあったからだろう。
 いつ見捨てられるかわからない。その恐怖は経験した物でなければわからないだろう。
「安心していいよ。君と接触するのは今回が最後だ」
 ジュリアスの言葉にスザクはほっとする。
「なぜですの!」
 しかしと言うべきか、案の定と言うべきか。神楽耶が反発した。
「せっかく再会できたいとこ同士の間を邪魔しないでくださいませ」
「僕が嫌なんだよ。お前を見ているとあの日のことを思い出してしまう」
 自分の存在が無価値だと言われたあの日を、とスザクは続ける。
 誰にも必要とされないのならば消えてしまいたい。そうまで考えていたのだ。
 それをナナリーが否定をしてくれた。ブリタニアの皇族──ルルーシュとナナリーの兄姉達もナナリーのためとはいえ自分の存在を肯定してくれた。
 それがあってようやく自分は自分としての存在を思い出したといていいだろう。+ 「僕が僕であるというのであれば、それはルルーシュやナナリーをはじめとする人達のおかげであってお前の存在は関係ない」
 だから、必要がないなら二度と会いたくはない。そう言いきる。
「お従兄様……」
 神楽耶はそんなスザクになにかを話しかけようとしていた。しかし、なんと言葉をかければいいのか、すぐには出てこないらしい。
「後はジュリアスと話し合ってくれ」
 その隙を突いてスザクは立ち上がる。視線をジュリアスに向ければ彼は小さくうなずいていた。
「では。二度と顔を見ずにすむことを祈っているよ」
 こう言い残すとさっさと自分達が使っている奥の部屋へと進んでいく。
「お従兄様! 待ってください!!」
 神楽耶の声が追いかけてくる。しかし、スザクが振り向くことはなかった。

「……どうして……」
 神楽耶が呆然とつぶやいている。
「当然でしょう」
 ジュリアスは新しいお茶を入れながら言葉を返す。同時に中国茶は何回も入れられるからいいな、と思う。
「あいつが本当に側にいてほしいときに突き放しておいて、自分達の都合が悪くなったら頼る。そういう人間を誰が必要としますか?」
 邪魔なだけだろう、とジュリアスは続ける。
「七年前、俺があいつを拾いに行ったとき、あいつは周囲の人間すべてに絶望していましたよ。光のない眼で、それでもルルーシュ様との約束を守ることだけを考えていた」
 それがあいつの命をこちらに引き留めていたのだろう。ジュリアスは優雅にお茶を飲みながらそう告げた。
「だから、俺はあんた達を許さない。ルルーシュ様を奪われて怒り狂っている人間はそうだ。あんた達と共闘しているのは、確実に彼を取り戻すため。それだけは忘れないように」
 その後は何があろうと個人的な会見でなければ応じない。ジュリアスの言葉に神楽耶は唇をかんだ。
 彼女のその姿を見ても何も感じない。身内の方が大切だから、とジュリアスは笑った。



22.06.10 修正
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