真夏の蜃気楼
42
目の前にいる男は間違いなく強い。
それがスザクの偽らざる感想だった。
顔を隠しているのは素性を知られないためだろう。しかし、それはこちらを信用していないからではない。万が一にでも中華連邦の──宦官たちの手の者が潜んでいる可能性を考えてのことだろう。
だが面倒くさい。
そこまで警戒をするのであれば裏切ろうなんて考えない方がいいのではないか。それとも、そうしてでも守りたい《誰か》がいるのだろうか、と心の中だけでつぶやく。
「とりあえず、ここに宦官の手の者はいないよ」
ジュリアスがそう言う。
「なぜ、そう言いきれる」
目の前の男が聞き返してくる。
「ここに入る前にくぐった門に仕掛けがあってね」
にやりとジュリアスが言い返す。
「私たちの誰かに対して悪心を抱いていればその人間は入れない。そう言う仕組みを嚮団が用意してくれた」
詳しいことはわからないが使えるならばかまわないだろう。その意見にスザクは思わずため息をつきたくなる。
しかし、男はそれだけで納得したらしい。
「どのような関係かはわからないが、貴殿らは彼らの信任を得ているようだ」
そう告げる言葉に偽りは感じられない。しかし、嚮団とは何なのか。後でジュリアスに問いかけてみようと心の中でメモをする。
「では、失礼をしてとらせてもらおうか」
男はそういうと顔を隠している布に手をかけた。
「星刻様!」
背後から部下らしい檀の序が止める声が聞こえる。しかし、彼はかまわず布をとった。
黒髪を背中に流した長身で精悍な容姿の男だ。
「黎星刻と言う。よろしくお願いする」
彼はそういうと頭を下げる。
「ジュリアス・ランペルージだ。こちらはナナリー様の騎士候補で枢木スザクという」
ジュリアスが言葉を返すのをスザクは彼の斜め後ろに立って聞いていた。
「イレヴンか?」
そう言ったのは誰だろう。
「そうしたのは貴様らだろうが」
ジュリアスが声を低くして告げる。
「中華連邦があの日、バカをしでかさなければ、我々は動くことはなかった。そして彼らもイレヴンとさげすまれることはなかった。それなのに、あなた方は皇族の騎士を馬鹿にするのか! あなた方は我らに協力を求めに来たのではないのか?」
ジュリアスが一息でこう言う。スザクに口を挟む隙はなかった。
「……誰だ、今セリフを口にしたのは」
その上、星刻までもが静かな怒りを見せる。
「宦官たちの専横から民を救うために、そして、麗華様をお助けするために力をお借りするというのにその中のお一人を馬鹿にするとは……」
呆れるしかない。そうつぶやかれた言葉を耳にした部下達が一人の兵士をつついたり殴ったりしている。おそらく彼が先ほどの言葉の主なのだろう。
「……後で彼と一騎打ちをさせてください」
スザクは体をジュリアスに近づけながらこう言った。
「それで彼が勝てば無罪放免。僕が勝ったらジュリアス様の命令を遵守してもらいましょう」
どんな命令でも、と続ける。
「あぁ……それはいいな」
ジュリアスはそう言って笑う。
「星刻どの、かまわないかな?」
「そちらがよろしいのなら。だが、本当にいいのかい?」
「二度とスザクを馬鹿にされないように実力を見せつけておかなければね」
ジュリアスはそう言った。自分の勝利を彼は少しも疑っていないのだろう。ハンデを与えるべきか、とまで口にする。
しかし、それは相手を怒らせるだけだ。
「後悔しても知らないぞ、俺は」
男がそう言って吠える。
「吠える犬は弱い、と言うが……君はどうかな」
ジュリアスがこう言ってせせら笑う。確かにこの男ならば勝てるな、とスザクは心の中でつぶやいていた。
結果は最初からわかっていたが、こうまであっさりと決着がつくとは誰も思っていなかった。
22.05.20 up