真夏の蜃気楼
47
「邪魔するな!」
言葉とともに目の前の機体を動作不能にする。破壊する気にならなかったのは、それが星刻が言っていた一般兵の機体だったからだ。地位のある人間のそれであれば容赦はしなかっただろう。
そんなことを考えながらもランスロットの進路を邪魔する敵の機体を次々と撃退していく。
そのまま前に進もうかと思った瞬間、スザクはランスロットの進路を変える。
同時に、進んでいればその場所にいたであろう所に砲撃が打ち込まれた。
「気づかなかった」
敵がいたのか、とスザクは顔をしかめる。そうはいってもかなり長距離からの狙撃だ。気づく方がおかしい。
『スゥザクく〜ん! ランスロットは無事?』
この人は本当にぶれないな、と入ってきた通信に苦笑を浮かべる。
「避けましたから無事ですよ」
とりあえず端的にこう言う。もっともこの後も無事かどうかは保証しないが、と心の中だけで付け加える。
『ロイドさん!』
ロイドが口を開こうとする前にセシルが彼をしばく音が響いてきた。
『スザク君、機体より自分の安全の方を優先してね』
「はい、セシルさん」
彼女の言葉にスザクは素直に返事をする。これで料理さえまともならば嫁のもらい手も引く手あまたなのに、と胸の内だけでつぶやく。
それにしても、とスザクはすぐに思考を切り替える。
先ほどの砲撃はどこからのものなのか。
後方は味方がいるからとりあえず除外していいのではないか。だが、完全には出来ない。しかし、ロイド達が何も言わない以上、そちらではないだろう。
では、前方かと言われれば違うような気がする。
「右か、左か……」
放置をしておけばまた狙撃されかねない。その前につぶしておかないととスザクは飛び出してきた敵をたたき伏せながら考える。
そのとき、先ほどの着弾点が視界に入ってきた。
おそらくは斜め方向。それも三十度以内だろうと推測できる。
周囲にそれらしき建物はあるか。機体を旋回させながら確認をする。
「あれか」
一瞬だがなにかが鈍い光を放った。おそらく塗装が光をはじいたのだろう。
「遠距離なら……これかな?」
スザクはそうつぶやくとメーザーバイブレーションソードからヴァリスへと武装を変える。そして振り向きざまに引き金を引いた。
一瞬遅れて煙が上がる。
「ヒット」
この距離だとうまく外せなかった。殺してしまったかもとは思うが諦めてもらうしかない、と割り切ることにする。
「いくら何でもこの距離だし……当てるだけで精一杯だって」
言い訳のようにこうつぶやく。それで今の相手のことは忘れる。そうでなければ自分がやられかねないのだ。
ともかく、今は約束を果たすために前に進まなければいけない。
大切な友人とルルーシュが大切にしていた少女を救うこと。それを第一に考えよう。
前へ、前へ。
それだけを考えてスザクはランスロットを駆った。
外からばらばらと足音が響いてくる。
「来たか……」
ジュリアスはそうつぶやく。
「うまくだまされてくれるといいが」
「大丈夫だろう。あいつらはそこまでルルーシュのことを知らん。お前の演技で十分だ」
側についている侍女姿の彼女はそう言って笑う。
「多少のことはごまかしてやれるしな」
彼女はさらにそう付け加える。
「問題は麗華だが……何とかしよう」
あの子は聡い。状況さえ認識できればこちらの話に乗ってくれるだろう。まして星刻が関わっているとなればなおさらだ。そう彼女は続ける。
「それよりも目の色をなんとかしておけ」
「あぁ、わかっている」
そう言葉を返すとジュリアスはポケットからコンタクトケースを取り出す。そして中からとりだしたレンズを両目にはめた。
ぱちぱちと瞬きをしていれば男達がノックもなく部屋に入ってくる。
「……ノックもしないとは……礼儀を忘れたか?」
ジュリアスは眉根を寄せて不快感を示す。
「殿下はご機嫌がお悪いようだ。ですが、ブリタニアが攻めてきたのですよ」
ですからご同行願います。その言葉にジュリアスは小さなため息をついた。
中心部に行けば行くほど敵は増える。
それはあらかじめ予想していたことではある。しかし、鬱陶しいというのも否定できない。
「本当に、邪魔!」
虫にたかられているようなものだ。しかし、その虫をつぶすわけにはいかない。ある意味厄介だとスザクは思う。
だが、それが星刻との約束である。
殲滅できれば一瞬なのに、と考えてしまう。だが、それが出来ない以上、一機ずつつぶすしかない。
「……これもルルーシュ達の側にいるための試練だと思えば……でも邪魔だよな」
一息に行動を制限できる方法はないか。そう考えてもランスロットについている武器では無理だ。
「投網がほしい」
あれなら一網打尽に出来るのに、と思わずつぶやいてしまう。
『今度開発しておくよぉ。いろいろと使えそうだしぃ』
そのつぶやきがしっかりと聞こえていたのだろう。ロイドが楽しげに言ってくる。
「お願いします〜」
今、この場にないのは残念だが仕方がない。また使う機会もあるだろう。そう思ってこう言葉を返す。
『りょうか〜い! 楽しくなりそうだなぁ』
「……良かったですね」
自分としては全然楽しくないが、とスザクは思う。まだ群がってきている敵の機体を動作不能にするお仕事が待っているのだ。
多少乱暴な手段を執ることになるのは仕方がないだろう。
いらだちを抑えきれないままスザクは目の前の機体達の関節部分を破壊していく。
それを繰り返しているうちに目の前に動く機体はなくなった。
「あそこだ」
同時に視界が開かれる。その先にジュリアスがいるはず。そう思うと同時にランスロットをそちらに向けて発進させていた。
「……すごいな」
モニターに映し出されるスザクの機体の動きにルルーシュはそうとしか言いようがない。
「枢木はルルーシュ様とナナリー様のおそばにいるために努力を重ねておりましたから」
ルルーシュのつぶやきを聞きつけたのだろう。ジェレミアがそう言ってくる。
「陛下も枢木の努力をお認めになっておられます」
「父上も?」
あの父に認められるとは、とルルーシュは驚きを隠せない。
「今回の件が無事に片付いたら、枢木をナナリー様の騎士にしても良いとの仰せです」
「そうか……あいつは約束を守ってくれていたんだな」
心配はしていなかったが、邪魔者は消せというのがブリタニアの貴族のやり方だ。スザクも危ないと言えば危なかったのではないか。
「あれの後見にシュナイゼル殿下とコーネリア殿下がおられますから……他にマリーベル殿下も気に入っておいでです」
もっとも、ナナリーから取り上げる気はないようだが……とジェレミアは教えてくれる。
「確かに兄上方が後見してくれているなら心配はいらなかったか?」
それでも眼をかいくぐって彼を害そうとするものがいないとも限らないだろう。言外にそう問いかける。
「学校で一度、アリエスで一度、襲撃を受けました。もっとも、犯人にはそれなりの報復をしておりますが」
「……バカはどこにでもわいて出ると言うことか」
スザクは本当によく頑張ったとしか言いようがない。たとえシュナイゼルやコーネリア、それにマリーベルの協力があったにしても、だ。彼らが手を貸してくれるためにそれなりの努力をしなければダメだっただろう。
そしてジュリアスの存在があったからこそナナリーとスザクは普通に暮らせたのではないか。
「……俺にもっと力があれば……」
二人にそんな苦労はさせなかっただろう。そう考えてため息をつく。
「だからといって同じ状況になれば同じ選択をするだろうな、俺は」
あの炎の中、ナナリーとスザクの命を守るために自分自身を差し出す。その行動に後悔はない。
だが、その後のことを考えられなかったのは失敗だと思う。
そのせいで二人には苦労をさせてしまったらしい。特にスザクに、だ。ナナリーはコゥ姉上がいらっしゃるから命の危険はないだろうと思っていたが、ブリタニアはスザクにはつらいことしかなかったようだ。
そのあたりは後でシュナイゼル兄上にでも伺えばいい。必要ならば犯人にはつらい思いをしてもらおう。
「あと一息か」
紫禁城の姿がはっきりと見えている。あそこに麗華とジュリアスがいる。二人を助け出すことが今回のミッションなのだ。
「スザク、頑張れよ」
ルルーシュはモニターに向かってそう吐き出した。
22.07.31 up