真夏の蜃気楼
48
周囲を護衛という名の監視に固められつつジュリアスは紫禁城の中心へと足を進めた。
「ルルーシュ様」
そこには麗華の姿もある。
「ご無事でしたか」
ルルーシュならばこう言うだろうというセリフをジュリアスは口にした。目の前の相手のセリフによればルルーシュは彼女とは親しくしていたらしい。彼の性格を考えれば、一度胸の内に入れた相手は大切にするはずなのだ。
「はい。ルルーシュ様もご無事で」
麗華はそういうと微笑んでみせる。ジュリアスはそんな彼女に微笑み返した。
「どうやら本気で殿下はブリタニアから見捨てられたようですな」
「何を言っている。逆だ。陛下が本気で私を奪還するために彼らを送り込んだ。それだけだ」
ジュリアスは当然のように彼の言葉に反論する。
「でなければ、ここが攻撃されていない理由にならない」
あの機体ならばここを直接攻撃することも可能だろうとジュリアスは口にする。その瞬間、目の前の大宦官たちは凍り付いた。
「まぁ、俺がここにいる以上、直接攻撃をしてくることはないだろうな」
その言葉に彼らは安堵のため息をつく。
「ただし、長距離の攻撃はないと言えるが、近距離の攻撃はどうだろうか」
ナイトメアフレームは狭いところでも動くことが可能だ。そう考えればここに攻めてくる可能性は否定できない。
もちろん、それを期待しての作戦だ。
しかし、それを教えてやる必要はないだろう。
「逃げだそうとしても無駄ですよ。ここにいるナイトメアフレームはあれだけではないですから」
おとなしく目の前の戦いを見ているしかない。ジュリアスはそう告げる。
「……星刻は?」
不意に麗華がつぶやく。
「星刻は私を守ると約束していたのに」
「彼は軍人ですから……命令があればどこだろうと行かなければ行けません」
本音では麗華を守りたいとは思っていても、とジュリアスは告げる。そのまま視線を大宦官へと向けた。
「……黎将軍であれば……ブリタニア本隊と戦っておろう」
一人が言葉を返してくる。
「一人で? 大丈夫なの?」
不安になったのか。麗華が問いかけている。
「……それはなんとも言えませぬ」
別の大宦官がこう言い返す。
「戦は時の運があります故」
決してそれは慰めではない。ただの真実だ。しかし、麗華にとっては違ったらしい。
「星刻に死ねって言ったの?」
泣き叫ぶようにこう口にした。
「大丈夫です。黎将軍は強いですから」
「あいつらでは将軍にかないません」
彼らは麗華を慰めようとこう口にする。しかし、それが逆効果だと思わないのか、とジュリアスはため息をつきたくなった。
「麗華様。星刻は麗華様との約束を破るような男ではありません」
だから、大丈夫です。ジュリアスはそう言う。
「ルルーシュ様」
「違いますか?」
「……そうです」
「なら、大丈夫でしょう。何があろうと麗華様の所へ戻ってきますよ」
ジュリアスの言葉に麗華は微笑んでみせる。
「俺たちに出来るのはこの戦いが終わるまで見ていることです」
あるいは早々に負けを認めるかだ。もっとも、こちらは目の前の男達が認めるわけがない。いくら天子になったとは言え、麗華にそれは出来ないだろう。
本当に権力に固執しているバカは厄介だ。
ジュリアスは心の中だけでそうつぶやく。
「大丈夫です。たとえブリタニア軍がここに攻めてきても、貴方の命は俺が保証します」
大宦官のそれは保証しないが、と心の内だけで付け加えた。
「はい」
麗華がうなずいてみせる。
後はタイミングを見計らうしか出来ないな、とジュリアスは胸の中でつぶやく。早々に負けを認めてくれれば楽なのに、と付け加えた。
あと一息で紫禁城に取り付ける。
問題はジュリアスが今どこにいるかだ。
「誰かのろしでも上げてくれないかな」
そうすれば一発で場所を特定できるのに、とつぶやく。そうできれば手間が省けて楽なのにと付け加える。
「まぁ、一番偉い人は真ん中にいると決まっているから」
そちらに向かえばいいだろう。スザクはそう口にした。
「偉い奴は昔から真ん中にいると決まっているしさ」
特に自己顕示欲の強い連中は、と続ける。何よりも中央の方が守られやすいと考えているのだろう。自分だったら逃げやすい場所に隠れるが、とスザクは胸の中でだけ付け加える。
「っと……邪魔!」
目の前に出てきた機体の関節部分を破壊して動作不能へと追い込む。一機、二機ならともかく十機くらい襲いかかられると面倒くさい。
あまりの面倒くささにスラッシュハーケンを使って一網打尽にする。
本当、これで相手の関節部を破壊できれば楽なのにと思う。
後でロイドさんに相談してみよう。代わりにあれこれとやらされそうな気はするが、と思う。そして、それは間違っていないだろう。
だが、また同じようなことがないとはないとは言えない。そのときに役立つはずだ。そう思って嫌な予感を振り払った。
力一杯ワイヤーを引けば目の前の機体が破壊されていくのがみえる。
「思ったより時間がかかったな」
ワイヤーを巻き取るとスザクはそうつぶやく。
「でも、敵が出てきたってことは……進むべき方向は間違っていないってことかな?」
あそこにジュリアスがいると言うことだろう。
「急がないと、そろそろイヤミを言われそうだな」
そうつぶやくとスザクはランスロットをさらに紫禁城へと近づけていった。
「なんとかせよ!」
大宦官の一人がそう怒鳴る。しかし、その方法を示すことはない。
「あれはダメな指示の出し方だな」
ジュリアスはこうつぶやく。
「そうなのですか?」
麗華様が問いかけてくる。
「えぇ。具体的な指示がひとつもありません。あれでは部下がどう動けばいいのかわからないでしょう?」
前へ進めや殲滅しろでもいい。具体的な指示があれば後は自分達で判断して動ける。だが、それをしないで怒鳴り散らしているだけならは部下は混乱するだけだ。最悪、敵を迎え入れるという判断をする者もいるかもしれない。ジュリアスは麗華にそう説明をする。
「……難しいのですね」
「いえ。何をしてほしいかを告げるだけですからそうでもないですよ」
麗華様は当面はそれでいい。経験を重ねていくうちに指示の出し方はもちろん、適切な指示の出し方もわかるようになってくるだろう。
「そうなればうれしいです」
麗華はそう言ってくる。だが、側に星刻がいれば大丈夫だろうという予感があった。しかし、それを今告げられないことがもどかしい。
「側にいる方々の話を聞く耳を持たれれば大丈夫です」
それでもこの一言に麗華はしっかりとうなずいて見せた。
「わがままにならない程度に自分の希望を叶えることもたまには必要でしょうしね」
その方が部下が喜ぶ、とさりげなく付け加えておく。
「そうなのですか?」
「えぇ。自分の希望……そうですね、たとえばお好きなお茶の銘柄とかお菓子の種類とかを知れば喜ばれると思いますよ」
部下の中にもそう言ったことを知りたいと思っている人間は多いはずだ。もっとも、それ以外のことを考えるものも多いというのは事実だが。
「いっしょにお茶会というのもいいかもしれませんね」
家の女官と良くしているが、とジュリアスは笑った。
「それは……やってみたいです」
皆でお茶会はあこがれです、と麗華は言う。
「ここがブリタニアならナナリーをはじめとした妹たちを紹介するところですが……」
「そういえば、ルルーシュ様には沢山のご兄弟がいらっしゃるのですよね?」
「父にはお后が沢山いますから」
そんな会話をしていたときである。
「……仕方がない。お二人とも、ここから避難しますぞ」
大宦官の一人が振り向くとこう言ってきた。
「残念だけど、遅かったようだね」
それにジュリアスは微笑むとこう告げる。
「すでにたどり着いている」
そう告げた瞬間、天井がきれいになくなった。代わりにヴァリスが彼らに照準を合わている。
「チェックメイト」
微笑むジュリアスの前で誰も動くことが出来なかった。
22.08.10 up