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巡り巡りて巡るとき

01


 いったい、なぜ、今回はこの時間から始まるのか。
 目の前の光景にスザクは信じられないというように目を丸くした。
「おにいさま……」
 まだ幼い神楽耶がこう言ってスザクのシャツの裾を引く。
「俺は大丈夫だ。それよりもお前は少し眠った方がいい。まだ時間はかかる」
 スザクはそう言って微笑んだ。
「お前が倒れる方が厄介だ」
 そう付け加えたのは、この頃の自分たちもあまり仲が良くなかかったことを覚えているからだ。
「そうなったら俺が桐原のじいさんに怒られる」
 本当に、と思いながらさらに言葉を重ねる。
「わたくしは気にしません」
「俺が気にするんだよ」
 本音を言えば一人であれこれと考えたい。特に『どうしてこの時期まで巻き戻ったのか』と言うことをである。
 何か理由があるはずだ。
 いったいそれは何なのか。
 それを推測するためにも記憶の中のそれと現状を比べてみたい。
 しかし、人前でそれをすればどのような反応が返ってくるのか。それも今までの繰り返しの中で学んでいる。
 だから、一人になりたいのだ。
「ですが……」
 しかし、神楽耶は納得できないのか。食い下がってくる。
「もっとはっきり言わないとだめか?」
 鬱陶しい、と心の中でつぶやく。あの頃の自分はどうやってこれを受け流せていたのだろうか。
 大人になったらそういうことも簡単にできるようになるのではないか。
 昔は本気でそう考えていた。しかし、実際はそうではない。ただ妥協することを覚えただけなのだと達観したのはいつだったか。
「俺が一人になりたいんだよ」
 だから、神楽耶が邪魔なのだ。はっきりとそう言う。
「どうして一人になりたいのですか? 二人の方がいいではありませんか」
 こいつは本気で馬鹿だ。
 あるいは、人の気持ちを理解するつもりがないのかもしれない。
 以前はわからなかったことが今わかった。
 かといって、実力行使に出るわけにはいかないし。
 女でなければ──皇でなければ実力行使に出られるのに。そう考えてしまうのは、外見年齢に精神年齢が引っ張られて幼くなっているからだろうか。
 少しでも気をそらそうとどうでもいいことを考えてしまう。
「それはスザクが男だからだろうなぁ」
 ふすまが開くと同時にこんな声が室内に響く。
「おじいさま」
 いったいいつ来たのだろうか。そこには桐原がいた。
 もちろん、彼が来ることはわかっていた。自分の母は彼の姪なのだ。来ない方がおかしいと言える。
「ゲンブはまだ来ておらんのか……」
 室内を見回して彼はため息をつく。
「父さんは外国でしょう? 葬式には間に合うと言っていましたよ」
 視察に行かせたのはあんただろうが、と心の中だけで付け加える。母の容態が悪いことはわかっていたはずだ。
「そうか」
 スザクのそんな気持ちぐらいお見通しだろうに、彼はただそう言ってうなずくだけだ。
「ならば一人になりたいのも当然かの」
 女子の前では見せられぬこともあるだろう。したり顔で付け加えられた言葉に怒りすらわいてくる。
 それでも神楽耶を連れ出してくれるなら我慢をしよう。
「神楽耶」
 スザクが自分の膝をにらみつけていれば、桐原が神楽耶の名を呼ぶ。
「お従兄様のそばにいたいです」
 だが、神楽耶はまだだだをこねてくれた。
「お前がいてはスザクは泣けん。そのくらいは察してやらんとならんぞ」
 遠回しに何を言っても無駄だと考えたのか。桐原がずばりと言う。
「……一人で泣くよりは二人の方がいいです」
「お前はそうだろう。だが、スザクは男だからな」
 しかも枢木の、と桐原はかんで含めるように言葉を綴り始める。
「枢木の男は人前では泣くな。そう言われているのだろう。だから神楽耶がここにいる限りスザクは泣けん。悲しむための時間を奪っておるのだよ」
 一緒にいたいのは神楽耶の方だろう、と彼は切り込んだ。
「……わたくしは……」
「来なさい。この爺がそばにいてやるから」
 ここまで言われて彼女はようやく立ち上がる。そして桐原のそばへと歩み寄っていった。
「お前も無理はするな」
 そう言い残すと桐原は神楽耶と共に部屋を出て行く。
 ようやくこの場に自分だけになった。
 スザクは母の枕元に新しく線香を立てると小さく息を吐いた。
 母が亡くなった衝撃が自分をここに引き寄せたのだろうか。それとも、と思いながら床に座り込む。
 しかし、だ。
「母さんだけか」
 記憶の中では母は神楽耶の両親と共に死んだことになっていたはず。それも事故でだ。
 そして、それで得をしたのは父だった。
 だから彼が疑われた。
 もちろん、いくら証拠を探そうとしても出てこなかったし、桐原が途中でそれをやめさせたらしい。あくまでも事故だというのが彼の意見だったのだ。
 それはそれでかまわない。彼なりの思惑があったと推測できる。
 だが、それはここではどうでもいいことだ。
「元々身体の弱い人だったから……」
 病気で死んだとしても仕方がなかったのだろう。
 きれいな姿のままお棺に入れられるのは良かったのかもしれない。あのときは包帯で巻かれた姿しか目にすることができなかったのだ。
「こんな顔してたんだ」
 小さな声でそうつぶやく。
「でも、どうして『今』何だろう」
 何度目になるのかわからない問いを口にする。
「それとも、ここからでなければ世界を変えられないのか?」
 この問いに対する答えはまだ見つからなかった。



15.11.15 up
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