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巡り巡りて巡るとき

02


 母の葬儀も終わり日常が戻ってきた。
 ただ、ゲンブのそばにいるのは息が詰まる。
「……それもこれも、すべてブリタニアが悪い……」
 毎日のように繰り返される怨嗟の言葉。それは半ば八つ当たりではないだろうかとすら思える。
「父さん」
 少しだけ不安をにじませてスザクは彼に呼びかけた。
 ひょっとして彼がブリタニアに対する恨みを募らせたのはこの時期なのだろうか。しかし、どのような理由でと思わないわけではない。
「あいつらが素直に医師を派遣してくれれば、あるいは……」
 そんなことはないと本人もよく知っているだろう。いまだに──いや十数年後でも母のような症状を抱えた人間の生存率は著しく低い。
 どうしても母を生きながらえさせたければ、自分を生ませなければ良かったのだ。
 二人の遺伝子を持った子どもが必要なら適当な相手を代理母とすればいいだけなのに、とそう考えてしまうのは、自分が過去の記憶を持っているからだろう。
「……お医者さん? 免許の問題とかはないの?」
 なんか面倒だって効いたけど、とスザクは続ける。
「どういうことだ?」
「道場でそういう話になったんだよ。そうしたら大人の人たちが『免許の問題と受け入れの問題で無理なんだ』って教えてくれたから」
 かといって、日本から治療を受けに行くにはものすごいお金が必要らしい。家の場合、お金の心配だけはしなくてもすむんだろう。
「心臓の移植って、失敗すると大変なんだよね。殺人罪って言い出す人もいるんでしょ?」
 この言葉にゲンブは少し考え込むような表情を作った。
「だから、今度、募金を集めるんだって」
 大変だね、とさりげなく付け加える。
「法律が変わればいいのかな?」
「……そうかもしれん」
 深いため息と共にゲンブはそうはき出す。
「それでも方法はあったはずだ」
 こちらの希望を却下したのは事実だ、と彼はいう。
「それだけは忘れん」
 さらに言葉を重ねる。
「お前もそれだけは忘れるな」
 勝手なことを、とスザクは心の中でつぶやく。自分の責任を棚に上げて子どもに余計な感情を教え込むとは、と続ける。
 だから自分はルルーシュ達が最初、気に入らなかったのか。
 今更ながらその原因を理解した。
 こうして日本人のブリタニア嫌いが加速していったのかもしれない。その結果があれか、と何度も目にした光景を思い出す。
 まずはそれをなんとかすべきなのだろうか。
 でも、どうやって? と心の中でつぶやく。同時に、こんな時にルルーシュがそばにいてくれればいいのに。そうも考えていた。

「……お前はいつから、そんなに、ブリタニアびいきになった?」
 不意にゲンブがこう問いかけてくる。
「別に、ブリタニアびいきになったつもりはないよ、父さん」
 即座にそう言い返す。
「ただ、頭ごなしに嫌いになっていいのかなってそう思っただけ。クラスにもブリタニア人がいるし」
 記憶の中にはない変則的な事態だ。これも自分の中身がすり替わった影響なのだろうか。
「……ブリタニア人、だと?」
「そうだよ。皇が発掘の許可を出したじゃん」
 スザクの言葉にゲンブは眉根を寄せる。
「富士の遺跡か」
「そう。研究者の娘だって」
 しかも、その生徒がよりにもよってシャーリーだった。彼女の顔を見た瞬間『嫌がらせか』と思ったのは否定しない。
 問題は、それが誰からの嫌がらせなのかわからないことか。
 だが、逆に言えばこれが転機になる可能性も否定できない。
 後は自分が選択肢を間違えなければいいだけだ。それがわかっていても難しい。そして、どこでも気を抜くことができないというのはなかなかに辛いものがある。
 なんと言っても、一番厄介なのが目の前にいる実の父親というのがそれに拍車をかけているのではないか。
 だが、とすぐに思い直す。
 ルルーシュを失うよりはましだろう。
 何度人生をやり直してもあの日、一番最初に彼の心臓を貫いたその瞬間の感触を忘れることはできない。他の記憶はすり切れてしまったものもあると言うのに、だ。
 まるで誰かが『あの日を繰り返すな』と言っているようでもある。
「まさかと思うけどさ、父さん。俺に『女の子をいじめろ』なんて言わないよな?」
 とりあえず釘を刺す意味でもこう聞いておく。
「女の子は大切にしろ、っていうのが母さんの言葉だったけど」
 こう付け加えたのは、ゲンブが他に手を回してシャーリーを孤立させないようにさせるためだ。
「それはお前が神楽耶様をいじめていたからだろう?」
「かわいがっていただけだろ。『おんぶして』と言ってきたのは神楽耶。俺を乗り物代わりにしていたのもあいつの希望」
 いじめていたわけではないと言い切る。
「あいつの言うことを聞けと言ったのは父さんだし」
「……それはそうだが……」
「言うとおりにしていたんだから、怒られる理由はないじゃん」
 スザクのこの主張にゲンブは苦虫をかみつぶしたような表情を作った。
「お前はへりくつが多くなったな」
 そのまま苦し紛れにこう言ってくる。
「へりくつでも理屈は理屈だろう」
 間髪入れずに言い返す。
「それに、こう言っておかないと父さんが女の子をいじめるじゃん」
 ブリタニア人でも女の子は女の子であって、大切にする対象だ。さらにそう言った。
「母さんとの約束の方が優先順位が高い」
 もう変えられないから、と少しだけ寂しげな声音を作って付け加える。
「そうだな」
 小さな声でゲンブは同意の言葉を吐き出す。
 どうやら、彼はまだ母を愛しているらしい。そう思うと同時に、これをいつまで利用できるだろうかと冷静に考えている自分もいることにスザクは気付いていた。
 これは間違いなく《ゼロ》としての意識だろう。
 だが、これが自分なのだ。
 すべてはただ一つの目的をかなえるためだとスザクは心の中でつぶやいていた。



15.12.05 up
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