巡り巡りて巡るとき
03
イレギュラーな事態はシャーリーとの出逢いだけではない。
「……何か用なのか?」
目の前でこちらをにらんでいる相手がこの近くに住んでいたらしいことは知っている。しかし、彼女との出逢いはアッシュフォード学園に入学してからのことだったはず。
「あんた、本当に強いの?」
それなのに、なぜ、この道場で顔を合わせることになったのか。
「どういう意味の強さ?」
心の中でため息をはき出しながらそう聞き返す。
「技量という点ならそれなりだと思うけど、心の強さはまだまだけど?」
それとも、とスザクは続けた。
「親の力? それは自分の強さじゃねぇし」
たまたまその親の元に生まれただけだ。そんなの、自分の力じゃない、とスザクは言い切る。もちろん、それを『自分の力だ』と言うような馬鹿が存在していることも知っているが。
「で、お前が言いたいのはどういうこと?」
スザクはさらに問いかけた。
「実力に決まっているでしょ!」
何かをごまかすかのように目の前の少女は叫んだ。
「けんかなら、同年代には負けない。でも、ここじゃ上から三番目ぐらい?」
同年代ではなく道場の中でだけど。もっとも、目の前の相手はそう受け止めなかったようだ。
「あんた、たいしたことないのね」
そう言って鼻で笑う。
しかし、その次の瞬間、彼女の頭の上に拳が落とされる。よほど当たり所が悪かったのか、カレンが悶絶していた。
「馬鹿カレン!」
それでも相手は揺るする守はないらしい。
「兄さん、でも!」
反論できるのはさすがだ。あの丈夫さは昔からだったのか、と妙なところで納得をする。
「彼が言っているのは道場全体でだ。師範と師範代以外の誰も彼には叶わない」
意味がわかるな、と彼は続けた。
「でも!」
「初心者に毛が生えたレベルで何を言っているんだ。アヤノにも勝てないくせに」
「だって!」
負けず嫌いもこの頃からだったのか。
しかし、と心の中でつぶやく。
「お前のそれは自分勝手だよ。周囲がお前にあわせてくれると考えるんじゃない」
やはりと言うべきか。カレンはすでにそれなりの身体能力を見せているらしい。その成果、周囲の人間からは腫れ物を扱うような態度をとられているのだろう。
それについては自分も覚えがあるからいい。
問題は、それで天狗になっていると言うことか。
まぁ、誰もが一度は通る道だよな。少しだけ視線をさまよわせながらスザクはそう考える。
それでも彼女が幸福なのは、こうやって軌道修正をしてくれる人間がそばにいると言うことだろう。
「……兄弟っていいな……」
自分にも《兄》がいれば少しは状況が変わっていたのだろうか。あるいは《妹》でもいいな、と思ったのは、あの二人の姿が思い出されたからかもしれない。
「まぁ、父さんが再婚するはずないけどな」
しようと思っても邪魔されるだろう。そう心の中だけで付け加える。
「それで? そっちは話がついたのか?」
ともかく目の前の問題を片付けよう。そう考えてスザクは視線を戻す。
「あぁ、申し訳ない」
カレンの兄──ナオトがこう言ってくる。
「かまわないから一度徹底的にたたきつぶしてくれ」
「いいんですか?」
「そうしないとこいつの暴走は止らないからな」
いや、たたきつぶしても止らないような気がする。逆に火に油を注ぐことになるのではないか。自分が知っている《カレン》であれば間違いなくそうなるはずだ。
しかし、それを伝えることはできない。
「手加減、できないから」
とりあえずこれだけは宣言しておいた。
カレンのことで藤堂に怒られるだろう。スザクはそう思っていた。
しかし、ナオトが事前に説明してくれていたのか。おとがめはない。
それはそれで何か物足りないような気がするのは、やはりまずいのではないか。
スザクがそんなことを考えていた時だ。
「しかし、ずいぶんといきなり大人になったな、君は」
藤堂がいきなりこう言ってくる。
「大人、ですか?」
まずい、と心の中ではき出しながらもこう聞き返す。
「あぁ。以前の君ならばもっと大暴れていていただろう?」
それ以前に、外でけんかをしていたのではないか。そう言われてしまう。
そうだっただろうか、と考えるのは、純粋な子どもの時間の記憶は遙か彼方へと過ぎ去ってしまっているからだ。
「母さんとの最後の約束ですから」
とりあえず表情を取り繕いながら言葉を返す。
「少なくとも、女や弱いものには手加減しろって、そう言われました」
あれは一応女でしょう、と続ける。
「一応も何も、間違いなく女の子だな」
ため息と共に藤堂がそう言葉を吐き出す。
「まぁ、スザク君ですからねぇ」
朝比奈がそう言って笑う。
「女の子よりは食い気かけんかじゃないですか?」
さらに彼はそう続けた。これはフォローなのか。それとも、とスザクは彼をにらむ。
「けんか売ってます?」
そのままこう問いかける。
「売値で買いますよ?」
もちろん、現状では勝てるとは思っていない。技量がではなく身体能力的に、だ。悔しいが、年齢一桁の手足の長さでは成人男性と間合いで負ける。相手の胸元に飛び込むにしても、それ以外にない飛ばれている以上難しい。
これが普通のけんかならばまだなんとかなるのだが、と心の中だけで付け加える。
「ほらね。変わってませんって」
「……そうだな……」
こんなことで納得されるのは嬉しくない。だが、彼等に疑念を抱かれると色々と厄介なのも事実だ。だから良かったのだろう。
「やっぱりけんか売ってますよね!」
せめて一撃は入れてやる。その思いのままスザクは行動を起こした。
16.01.20 up