巡り巡りて巡るとき
04
小さな違和感は次第に大きな違いへと変わっていく。
それを自覚したのはもうじき九歳の誕生日を迎えると言う初夏の頃だった。
「……ブリタニアの皇妃?」
マリアンヌの暗殺事件はこの頃だったろうか。それとも、と昔覚えたブリタニア史を必死に思い出す。
「確かそうだ」
出会ってしばらくしてからルルーシュ達に聞いた話が脳裏に読み返ってくる。
「亡くなったのか?」
自分の記憶の中にある彼女はある意味振り切れすぎてぶっ飛んだ存在だった。ルルーシュでさえびっくりしていたほどだ。
だが、それは《ギアス》の副作用で本来の性格がゆがめられたからだ。そう教えてくれたのはすべての元凶となった魔女である。
本来は──自分が大切に思っている者達には──とても優しい存在だったそうだ。それを聞いた瞬間、自分だけではなくルルーシュが微妙な表情を作ったことも覚えている。
「これだけあれこれ違うんだし、これも変わってくれれば良かったのに」
小さなため息と共にスザクはそう言う。
「それにしてももどかしいよな。自由に使える人手があればいいのに」
子どもでは制限されてしまうことも少なくない。こういうときに自分が望む情報を集めてくれる人がいてくれればどれだけ楽だろうか。
「とりあえず、ネットにつながっているパソコンでもねだるか」
誰にとは言わない。だが、適当に誰かに話しておけば、滅多に返ってこないことを少しは悪いと思っているらしい父が用意してくれるだろう。セキュリティがかかっていても突破できる程度の実力はあるし、と心の中だけで付け加える。
「……でも、これでルルーシュ達がやってくるのか……」
とうとうその日が来てしまったか、とスザクはつぶやく。
もちろん、彼等に記憶があるはずがない。
それでもだ。
これが一種のターニングポイントになるのは間違いない事実だろう。
問題は、だ。
彼等の顔を見て自分が泣き出さないかどうかだ。
今まではあのどさくさでごまかすことができた。そして、泣いていても二人が適当に誤解してくれていたのだ。
しかし、今回はそうはいかない。
「大丈夫かな、俺」
ぼろを出さずにすむだろうか。
他の誰かであれば平常心でいられる自信はある。だが、あの二人はどれだけ年月を重ねても自分の心の中の一角を占めたまま動かない。
かつては恋していたと思っていたユーフェミアの存在は時として切り捨てられるのに、だ。
本当におかしい、とスザクは自嘲の笑みを浮かべる。
「今でも、君を憎む気持ちは消えていないのにね」
ルルーシュ、と唇の動きだけで彼の名を呼んだ。
しかし、事態は予想外の方向へと進んでいた。
「……皇妃とその子どもが静養に来る?」
人質ではないのか、と思いながらも聞き返す。
「そうだ。あの方は皇と枢木の血を引いておられる。こちらの方が安全だろうと判断したのだが……」
深いため息と共に桐原は視線を横に移動させる。そこには仏頂面のゲンブがいた。
相変わらずブリタニア嫌いが治らない。それどころか悪化しているのではないか。
やはり澤崎達の影響なのだろう。
父に一時を万事のように誇大な情報として伝える。本当に重箱の隅の汚れのような些細なものですら国家を揺るがすようなものだと騒ぎ立てているのだろう。
「お前がその様子では家でお預かりするしかないな」
あるいは皇か、と桐原は言う。
「もちろん、その時はスザクも連れていく」
「桐原公?」
「スザクにはお前と違って最初から色眼鏡で相手を見るような人間にはなってほしくないからな」
さらに彼はこう続ける。その言葉にゲンブもすぐには言い返せないようだ。
「スザクもかまわないな?」
桐原が問いかけてくる。
「そいつら、俺とも仲良くしてくれるのか?」
マリアンヌはともかくその子ども達がどのような人間かは知っていた。だが、それを表に出すことなくこう問いかける。
「それこそお前次第だろうな」
桐原が微妙に顔をほころばせながらこう言ってきた。
「お前が真摯に向き合えば、あちらも同じようにしてくださるだろう」
こう言われてスザクは少し考え込むような表情を作った。
「わかった。会ってみる」
そしてこう口にする。
「会ってみないとわかんないし」
「スザク!」
「ここにいても父さんは滅多に返ってこないし、返ってきても怒鳴られるだけだもん」
澤崎には邪魔者扱いされるし、とさりげなく付け加えておく。
「……ゲンブよ……」
「しつけの一環です。もっとも、澤崎のことは気付きませんでした」
まさかそんなことを、とゲンブはつぶやいている。
「再婚するの? あいつが言ってたけど」
さらに爆弾を投げつけてみた。こういうときに子どもの姿なのは自分にとって有利だな、とスザクは思う。
「ゲンブ!」
「知りません。そう言う提案があった程度です。それも酒の席で」
怒りをあらわにする桐原にゲンブが慌てて言葉を返す。
「どちらにしろ、そう言う話が出るというのはお前に隙があると言うことだ」
しかし、桐原の怒りは収まらないらしい。
「そもそも、まだまだ幼いスザクにそのようなことを聞かせる馬鹿と付き合っていること自体が間違っておるのだ」
もっと言ってくれ、とスザクは心の中で桐原を応援する。
「やっぱ、父さんを監視してくれる人が必要なんだよな」
こちらは口に出してしまう。
「安心せい。それに関しては儂が何とかしよう」
桐原がこう確約してくれる。
それならば大丈夫だろう。
後はルルーシュ達のことに集中しよう、とスザクは心の中でつぶやいていた。
16.02.09 up