巡り巡りて巡るとき
05
結局、その日からスザクは枢木の本家から皇の別邸に移ることになった。
と言っても、枢木神社の一角だ。スザクにとってみれば今まですんでいた家と気分的には変わらない。
「これでお前がいなければもっと良かったんだがな」
目の前にいる少女に向かってスザクはこんなセリフを吐き出す。
神楽耶は聡い。
そばにいれば自分の存在に違和感を覚えるのではないか。そうなればあれこれと動きににくくなる。
「そもそも何でお前がここにいるんだよ。本家でいいだろうが」
すぐそこなのに、とそう続けた。
「お従兄様一人のために使用人を回すのが面倒だからですわ」
即座に神楽耶はそう言ってくる。
「……お前がこちらに来る方が大変だろうが」
スザクも負けじと言葉を口にした。
「使用人だけじゃなく護衛もいるだろう? 本家と違ってここは部屋数が少ないんだから、彼等のいる場所がないだろう」
さらにこう付け加える。
「かわいそうに、虫に刺されるのに夜中は外で立っているんだぞ」
この言葉に神楽耶は少しだけ目を丸くした。
「昨日、本家の女中さんが虫刺されの薬を買いに行っていたのを見たし」
それは余計な手間ではないのか、と彼は続ける。本来であれば自分で買いに行けるはずなのにわざわざ他人に頼んだのはそれだけ余裕がないと言うことだろう。
「……では、お従兄様は?」
「俺ならある程度自分で対処できる」
本家まで走って逃げることぐらいは簡単だ。途中で連中を山道に引きずり込んで迷わせることも可能だろう。
「だが、お前では無理だ」
走り出した瞬間に的になる。この言葉に彼女は悔しげに唇をかむ。だが反論しては来ない。自分でもそれが事実だと認識しているのだろう。
「わかったなら、帰れ。飯とかは俺がそっち行くし」
その方が自分も生活にメリハリがつく。
「いやです」
それなのに、どうしてこいつはこう頑ななのか。
「お従兄様だけ好き勝手できるなんてずるいです!」
しかも、理由はこれかとあきれたくなる。
「仕方ないだろう。俺とお前じゃ立場が違う」
自分の方は弟妹が増える可能性がまだ残されている。だが、神楽耶の場合、永遠にその可能性はないのだ。
ただ一人の皇の直系。
しかも、女性が産む子どもは確実に皇の血を引いている。
その子どもが必要なのだと考えている人間が桐原を筆頭に山ほどいるというわけだ。
「枢木なんて分家も含めれば山ほどいるんだし、万が一の時は養子でも何でもとればいいんだから」
「お従兄様」
「その前に父さんが再婚する方が先かな?」
あの話をした後、桐原が刑部や何かを巻き込んでゲンブの後妻を探しているらしい。そのうち適当に決まるだろう。
ひょっとしたら、あの頃もそう言う話が出ていたのかもしれない。だが、それよりも先にブリタニアとの関係が悪化してそちらの方が優先されていただけなのか。
残念だが、あの頃の自分はそんなことに興味がなかった。興味を持っていればもっと違う選択肢があったのかもしれない。
もっとも、それを今言っても仕方がないことだ。
あのときはあれ以外の選択肢を選べなかった。
後悔しても今更戻れないと言うこともいやと言うほど理解できている。
今のこの時間だって、あの頃とよく似てはいるが全く違うものだ。そして、これからもっと変わっていくだろう。
自分がすべきことはただ一つ。
コンどこ℃ルルーシュを幸せにすること。
自分に言い聞かせるように心の中でそうつぶやく。ゲンブの再婚がそのための選択肢の一つでないとは言い切れないのだ。
「……よろしいのですか?」
神楽耶が意味ありげな声音でそう問いかけてくる。
「桐原のじーさん達が選んだ相手なら心配ないだろ。変なところに兄弟ができるよりましじゃね?」
澤崎とか中華連邦関係者とかの手駒に引っかかるよりは、と心の中だけで付け加える。
「母さんのことは忘れてほしくないけどさ。現実問題として、国会議員を続けるなら奥さんが必要だろうし」
偉くなるならばなおさらだ。そう言いきった。
「何よりも、あいつらの面倒を見てくれるなら、それでいい」
うざいんだよ、とため息と共に言葉を吐き出す。
「蹴り出せる相手ならいいんだけど、父さんの仕事の関係者は無理だからな」
できれば胸がすくだろうなとは思う。
だが、そんなことをすればどうなるか。冷静に考えてしまう自分もいることも否定しない。
衝動のまま動けなくなったのはいいことなのか悪いことなのか。少しだけ悩む。そういうことを考えるようになってストレスをためているなら、大人になんてなりたくなかったかもしれない。
本当、うざいんだよな、あいつら。
「なさればいいでしょう?」
「それで木につるされろってか」
一晩つるされるのは結構きついんだよな、とため息をつく。
「すでに実践済みでいらっしゃいましたの?」
「蹴り出してねぇよ。うざい顔をしてうちに入ろうとした女の頭に芋虫を降らせただけだ」
ゴキブリでないだけ自制したのに、と言っておく。
「母さんの服や宝石を勝手に自分のもの扱いしていたしな」
たとえゲンブと結婚したとしてもあれの所有権は彼女のものにならないのに。
「お従兄様にしてはおとなしい歓迎ですわね」
あきれているのかなんなのかわからない表情で神楽耶はそう言った。
「ともかく、ですわ。お従兄様だけここで好きかってするのはずるいと思います。ですから、一緒に本家に来ていただきます」
それならば自分も戻る。彼女はそう言って微笑む。
「やだね」
即座にスザクはその提案を切り捨てた。
「四六時中、礼儀がどうのこうのって言われたくない」
肩がこるだろう、と続ける。
「お従兄様はその方がいいのではありませんか?」
「絶対やだ」
「それならわたくしもここにいます」
「いいから帰れ」
こんな会話がそれから二時間近く続くとは誰も思わなかっただろう。様子を見に来た桐原ですらあきれたのは否定できない事実だった。
16.02.20 up